と言いますのも、周囲の期待値や最高と考えるハードルよりも、私が自分自身に対して設定していたハードルがつねに高かったため、誤解を恐れず言うと、最高評価はもらって当然というスタンスでした。
言い換えると、会社が設定するハードルや期待値をクリアすることは当然のことであり、そこに満足するようなことは決してしなかった、ということです。当然、そのための努力は惜しみませんでしたし、必要とあらば圧倒的な時間量を投入したものです。3カ月連続出勤でほぼ会社に住んでいた、とかですね。
そうした努力も、自分が設定したハードルを超えるという「自分事」の目標があったからこそできたのであり、決して会社や周りに与えられた「他人事」の目標ではなかったからです。
ですから、会社の設定したゴールは置いておいて、あくまでも自分自身が設定したさらに上のゴールや自分自身の姿をつねに追い求めていたため、その目標をクリアした場合の充実感を味わえた、というわけです。
おそらくですが、自分が意識するか否かは別として、自分自身が目指す自分の姿が会社の想定する姿よりも非常に高いケースにおいては、会社が勝手に設定したような目標を自分自身の最大限の目標だと置き換えてしまうことで、自分の中での目標のレベル感の尺度に異常をきたすのでしょう。
その結果として、達成感や充実感という本来は目標クリア後に感じるであろう感情に対して違和感が生じる、ということなのかと思われます。YNさんのケースもこれに相当するのではと考えます。
「超えるべきハードル」は自分自身が設定するもの
YNさんは文章を拝見するに、仕事もできるし、向上心もお持ちの様子です。開発担当部署に異動したのも、たぶんYNさんの意思とは別に会社の人事によるローテーションなのかもしれません。
加えて、ブランド製品の改良というゴールも、その中におけるタスクも会社や上司が割り振った仕事なのかもしれません。そうであるとすると、正直、本当の意味での達成感を感じることは困難でしょう。
本来、仕事ができる人というのは、自分自身のゴールも仕事の定義もどんどん自分で作り上げていくものです。そうでなく周りと同じゴールを誰かに設定してもらっていては、周り以上に成長はできないと本能でわかっているからです。だから、自分自身で周りが自分に課す以上のハードルを設定するのです。
そしてその目線はとてつもなく高い。だからこそ、充実感も達成感も味わえるのです。
YNさんは現在の状態の解決策として、分野を変えることで充実感を得ようとしておりますが、むしろ新しい分野を探しても、また会社の設定するハードルをゴールととらえてしまうならば、同じことの繰り返しになります。
ですが、超えるべきハードルは自分自身が設定するものだという基本原則さえ押さえていれば、達成感などで悩むことはもうなくなるでしょう。
自分自身で仕事も成功もゴールも定義するべきものです。そしてそれがあるべき大人の人生というものではないでしょうか。
YNさんがしかるべきゴール設定を通じて、本当の充実感を得ることができるよう応援しております。
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