貧困者にとって「望ましい支援」とは何なのか 専門性を持つ支援者が相互協力すべきだ

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その意味を理解するのに必要なキーワードは、「脳の報酬系」だ。人間(動物)は何かの作業をして、それによって報酬を得ることで脳の報酬系と呼ばれる神経系が「快」の感覚を得るようにできている。実は生活保護受給者も「働いて評価や報酬を得たい」という欲求は持っているし、生活保護費をもらって家で寝ているだけという生活を長期間続けると、その何もしない=報酬系が刺激されない生活に、不満や苦痛を感じるようになる。この「働かないことがつらくなってくる」というのも、当事者取材で何度も聞き取ったことだった。彼ら彼女らは働きたがっていたのだ。

だがここでパチンコやスマホのゲームといった、短期間に報酬系が刺激される行為をすることで、本来なら働いて得るはずの報酬が代替されてしまい、結果として働かない状態に「耐えることができてしまう」。これが、彼らの言う「安心する」の正体だが、そこに至るまでの喪失の大きさや就業の難易度を考えれば、ここに代替を求めてしまうことも自己責任では絶対に片付けられない。

パチンコは巨大な産業だし、そもそもスマホのゲームアプリなどはほとんどが無料であるし、これほど普及しているものを規制するのもまた難しいことかもしれない。だが、少なくとも生活保護受給中の貧困者には、こうした「社会復帰以外で安易に報酬系を刺激できてしまうもの」を規制するのも致し方ないのではないか。規制しても罰則があってもやめられないのであれば、それは立派な依存症=病気であるから、あらためて医療の対象としてケアすべきだ。

こればかりは当事者のその場のQOLには反していることだが、少なくとも生活保護受給者とパチンコ狂という「ずるい怠け者」のステレオタイプは、ここで打破できるものと思う。

専門性を持つ支援者が相互協力すべき

もはや論が広がりすぎ、そのほとんどは現状では理想論にすぎない域もあるが、本稿をもって、そもそも日本に貧困があるのかないのかとか、当事者を知りもせずに投げかけられる自己責任論とかといったレベルの議論は、いい加減、卒業にしたい。

日本を食い潰す貧困問題は、正しく当事者の像を見据え、当事者のQOLを何より優先し、その救済そのものをビジネスにしようとする人々を規制し、各所に散らばる専門性を持つ支援者がきちんと手を結んでアウトリーチし、本当の意味でのセーフティ「ネット」を広く張り巡らせることで、ようやく実現できるものだ。

これまで取材をしてきた貧困当事者たちの顔がまざまざと目に浮かぶ。彼らの貧困は決して「現象」なんかじゃなかったけど、かといって個別の事案、個人で解決できたり自己責任をその理由に求められるような困窮ではなかった。それが社会の損失であろうとなかろうと、その当事者の苦しみを無視してはならないとも思う。願わくば本連載が、貧困問題についての初めての生産的な1歩に結び付き、当事者が苦しいと声を上げる一助になればと思う。苦しさを抱えた人ほど苦しさが押し付けられる残酷には、もううんざりなのだ。

鈴木 大介 ルポライター

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すずき だいすけ / Daisuke Suzuki

1973年、千葉県生まれ。「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会や触法少年少女ら の生きる現場を中心とした取材活動 を続けるルポライター。近著に『脳が壊れた』(新潮新書・2016年6月17日刊行)、『最貧困女子』(幻冬舎)『老人喰い』(ちくま新書)など多数。現在、『モーニング&週刊Dモーニング』(講談社)で連載中の「ギャングース」で原作担当。

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