32歳高年収女子、マッチングデートに再挑戦 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<7>
「私はお料理が趣味なので、時間があるときは、少し手の込んだものを時間をかけて料理しています」
安めぐみ系の女と言えば、料理は売りの一つであろう。杏子はたっぷりと微笑んで答える。実際、杏子の料理の腕はなかなかのものだ。特に料理が好きなわけではないが、レシピ通りに作れば、どんなに難しいレシピであっても、失敗など絶対にしない。
「えー、料理するんだ、得意料理は? 俺食べたいー」
正木は、大きな二重の瞳をさらに輝かせる。「好きなのは、豚肉とキャベツの中華風ピリ辛炒めです」。
「へー、何それ、回鍋肉みたいなもの?」
ふふふ、と、杏子は心の中でほくそ笑む。ここは自分の腕の見せ所だ。「味は回鍋肉に限りなく近く、豆鼓や甜麺醤、豆板醤を使って本格的に作っています。普通の人は、回鍋肉と呼ぶかも知れません。でも厳密には、回鍋肉の回(ホイ)とは、“戻す”という意味で、塊で茹でた豚を中華鍋に戻して炒めて作る、結構手の込んだ料理なんですよ。私は手早く作りたいときは、茹でのプロセスは省くので、敢えて回鍋肉とは呼びません」
その辺の、「得意料理は肉じゃがです」なんて決まり文句を言う女よりも、杏子の回答はずっと上級であろう。杏子は自信満々で説明した。
「美人のドヤ顔、超ウケる」・・・男の意外な好反応
「へぇ、よく分からないけど、その回鍋肉モドキは、美味しいんだ?っていうか、杏子ちゃんて面白いねー。そんな綺麗なのに、相談所に登録してる理由が分かった気がするよ」
正木は相変わらずヘラヘラと、舌足らずな口調で笑い始めた。
「え、面白い……?」
「ちょっと天然ボケっていうのかな。杏子ちゃん、美人のドヤ顔、超ウケるよー。でも俺、そういうの好きだよ。ねぇ、また会えるかな?」
「は……ドヤ顔……?」。ドヤ顔という言葉にはカチンと来たが、急に正木に「好き」と言われ、杏子は戸惑った。
いい歳して頭の悪そうな未熟な男だと思っていたが、意外と素直で、心根は良い男かも知れない。それに冷静になれば、無邪気に笑う正木の顔は、やはり愛嬌があり可愛いらしい。
「あ……、また、ぜひ……」。杏子は狼狽えながらも、辛うじて素直に前向きな返事をした。
「じゃあ俺、今日はこれからアキラたちとフットサルの約束してるから、また遊ぼうよ。連絡するねー」
正木はまたしても、杏子の知らない人物名で会話を締めくくり、くたびれた革の財布からガチャガチャと現金を取り出し、会計を済ませて別れた。ニコニコと大きく手を振りながら去っていく正木の姿は、やはり悪くはないように思えた。
――好きって言われちゃったわ……。
杏子は一人になると、急に気分が高揚した。自分なりの「安めぐみ」を意識したマッチングは、きっと成功したのだ。「綺麗」「すごい」なんて賞賛は毎日浴びるように聞いているが、「面白い」と言われたのは初めてだ。それに、どんな形であれ、杏子自身が男性からきちんと興味を示されたのは、久しぶりのことであった。
――あの男の話を聞くのは辛かったけど、私、うまく出来たのかしら……?
――今度こそ、杏子はマッチングを成功させたのか……?!結果は次回、乞うご期待!
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