32歳高年収女子、マッチングデートに再挑戦 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<7>

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「仕事が忙しくて、なかなか男性と出会う時間がないので……。正木さんこそ、どうしてですか?」

杏子は直人にアドバイスされた通り、「安めぐみ」を意識した笑顔を崩さないように意識して答えた。

「俺はね、親に勝手に入れられたの。早く孫が欲しいんだって」。正木は、杏子と同じく32歳の医者だ。都内の有名大学病院で、整形外科医をしているという。

しかし、彼の肌は20代と言っても通じるほどツルりと潤い若々しく、くっきり二重の目は子供のようにキョロキョロと動き、落ち着きがない。喋り方も舌足らずで、やんちゃな子供のような印象だ。

――この男、本当に32歳なの?まるで中学生みたいじゃないの……。

子供のような男との会話は、果たして...?

正木は、よく喋る男だった。喋ると言っても、会話ではなく、ひたすら自分の話をしている。この夏は麻布十番祭りに行ったとか、何回海に行ったとか、自分の仲の良い友達がどうだこうだ、とか。

「それでね、ケンジって超面白い奴がいるんだけど、海の家で超酔っ払っちゃってさ、それでマサヨシがね…。あっ、十番祭りのときもさぁ…」。正木の話す内容には、脈絡というものがなかった。頭に浮かんだことが、どんどん口に出てしまうようだ。もちろん、杏子はケンジもマサヨシも知らない。

「へぇ…、そうなんですね…」。杏子にとって、このような会話は苦痛でしかなかった。初対面の人間に対して、相手の知らない固有名詞を使い会話をする人間は、ハッキリ言って馬鹿だと思う。そもそも、麻布十番祭りも海の家も、杏子にとっては低俗な夏のイベントである。30歳を過ぎて、人混みの中、安酒に酔って騒ぐなど、杏子には信じ難かった。

――医者が世間知らずっていうのは、本当なのかしら。きっと、こういう男をピーターパン症候群って呼ぶのね……。

しかし杏子は、そんなウンザリした思惑は顔には出さぬよう「努力」をした。相手を楽しませる努力をしろと、直人に言われたからだ。

――何でこの私が、こんな馬鹿そうな男の、益のない話を聞かなきゃならないのよ……。

心の中で悪態をつきながら、しかし杏子は笑顔を崩さずに相槌を打ち続けた。それはもはや修行のように思えるほど、苦痛な時間であった。

「杏子ちゃんは、暇なとき何してるの?」

正木は一通り自分の話を終え、やっと杏子に質問した。呼び名は、「杏子さん」から「杏子ちゃん」へと、前触れもなく変わっている。

次ページ「安めぐみ」を意識した、杏子の自己PRとは...?!
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