コーク兄弟らリバタリアンたちは、数千人の活動家を抱えるアメリカンズ・フォー・プロスペリティ(AFP)などの政治組織を通じて2010年の中間選挙で共和党躍進の原動力となった茶会運動を強力に後押しし、2012年の大統領選でミット・ロムニーや副大統領候補のポール・ライアン現下院議長を支援するなど共和党内での影響力を強めていた。
だが、今回の選挙で支援した候補者らはトランプを相手に全滅し、その思想自体も敗北した感すらある。かといってかれらは、米国第一主義を唱え、市場への国家の介入拡大を示唆するトランプを支持することはできなかった。チャールズ・コークは、7月のフォーチュン誌のインタビューでクリントンとトランプのどちらに投票するかと問われ、「癌か心臓発作を選べと言われても無理」とコメントしている。この空白を埋めるべく、第三党であるリバタリアン党で元共和党のニューメキシコ州知事ゲイリー・ジョンソンが指名を獲得し、世論調査で10%を超える支持を獲得したこともあった。
リバタリアン党は、1971 年、ベトナム戦争と米国の金融政策の進展に危機感を覚えた自由至上主義者たちが設立した。じつはコーク兄弟の弟デイビッドは、1980年にリバタリアン党の候補として大統領選に出馬している。リバタリアンとは、以前の記事でも紹介したが、最小限の政府と最大限の個人の自由を是とする自由至上主義者のことだ。
ジョンソンの言を借りれば、財政的には保守、社会政策的にはリベラルとして区分される。財政面では公共部門の縮小、規制緩和、健康保険制度の民営化などを掲げ、トランプが拒絶するグローバリズムも否定しない。社会政策面ではLGBTや人種・宗教などの多様な生活様式や価値観に寛容であり、人口妊娠中絶は個人の選択として容認する。経済的にも文化的にも個の自由の最大化を追求し、そうした原則にもとづいて投票する人たちだ。
リバタリアンの影が見え隠れしはじめた
この究極の個人主義者たちの思想は、偉大な米国を掲げるトランプのパターナリズムとは本質的に相いれないもののはずだ。だがいつからか、トランプの演説にリバタリアンの影が見え隠れしはじめた。8月20日、バージニア州での彼の演説はいつもの「米国第一」で始まった。表向きそれはバージニアの炭鉱・鉄鋼産業と雇用を守るというものだった。
だが実際に聴衆が聞いたのは規制緩和によってエネルギー革命を促すという典型的なリバタリアンの施策だった。さらにトランプは、それを裏付けるかのごとく、「ヘリテージ財団によれば、オバマ・クリントン政権のエネルギー規制は2030年までに50万人の製造業の雇用を奪う」「エネルギー研究所(IER)によれば、エネルギーの規制撤廃はGDP1000億ドル相当の経済効果をもたらす」と情報源を特定して引用を行った。続く22日のオハイオ州での演説でも、エネルギー分野の規制緩和に加え、中小企業への減税、オバマの医療保険制度の撤廃など、リバタリアンの政策目標を強く訴えている。
注目すべきことは、トランプの主張の中身以上に、彼があえてヘリテージ財団とIERというコーク兄弟の息のかかった保守系シンクタンクを引用していること、つまり売り文句は引き続き「米国第一」だが、政策立案には茶会運動と同じリバタリアン組織とその言語が使われていることを明らかにしていることだろう。
ちなみに石炭や鉄鋼はコーク社の主要取扱品目であり、エネルギー分野での規制緩和はかれらの長年の重要課題のひとつである。トランプの政策スタッフを眺めてみると、AFPの元幹部でコーク社のロビイストでもあったアラン・コブが連合部長として名を連ねている。何の連合なのか、彼がトランプとコーク兄弟が対話する接点となっているのかはともかく、コーク兄弟が築き上げたマシンを避けて共和党組織を動かすことはいまや不可能になっているとも解釈できる。
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