最貧困の「出稼ぎ女性」を襲う過酷すぎる現実 出稼ぎに行った先では何が待っているのか

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アスマレが寝泊まりしたのは90歳近い義母の家。寝室は与えられず、義母のアパートの室内バルコニーに置かれたソファーが寝場所だった。毎朝6時に起きて、食事の支度から片付け、掃除などすべての家事をしなければならなかった。1つの家族の仕事が終わると運転手が迎えにきて別の家へ。週末は娘夫婦の家での仕事が待っていた。どの家でもドアは常にロックされ、外に出ることは一切許されていなかった。エチオピアの家族と話すことが許されていたのは月に1度、10分間だけだった。

高齢の義母は、夜中に突然叫んだり外に出たがるなどし、その度にアスマレも起こされた。「悪い子だ」などとののしられることも多くあり、息子からは何度も殴られたという。「いつも働いていて5分の休憩時間さえなかった。彼らは私のことなど何とも思っていなかった」とアスマレは現在住むアディスの自宅で涙ながらに話してくれた。

最初の2カ月分の給料はベイルートの斡旋業者が斡旋料として取ったため払われなかった。契約書は3カ月目からできたが、雇用契約は2年間で自分からは雇用関係を終わらせられないこと、給料は約束した200ドルではなく、150ドルになっていた。

これ以上続けられないと思うようになっていたアスマレがエチオピアに帰国できたのは偶然からだった。ある日、通りにゴミ出しをしている時に何者かにピストルで殴られた。そのまま意識を失い、気づいたら病院のベッドの上だった。その場にいた雇用主と警察に「仕事を続けられるか」と聞かれ、「ノー」と即答した。病院からそのままエチオピアに帰ってきた。2015年10月のことだった。

帰国後すぐに精神病院へ行くと医師からは当分の間、薬を飲み続けるように指示された。今ではアディスで家族と暮らすが働いていない。まだ23歳の若さだというに、アスマレの髪の毛は白髪になりかけている。

女性はメイドに、男性は建設現場に

アスマレさんが暮らす集落。トタンや泥でできた家が密集する ©Kiyori Ueno

エチオピアは出稼ぎをするために中東諸国に多くの移民を輩出している。石油産出国が多い中東諸国は裕福で、家庭内や建設現場などでの低賃金の労働の需要が多くあり、エチオピアなどの“アフリカの角”の出身者、インドやバングラデシュ、フィリピンなどから多くの移民が出稼ぎに行き、女性は多くがメイドなどの家庭内労働者として、男性は建設現場などで働いている。国際労働機関(ILO)によると、中東は全労働人口に占める移民労働者の割合が世界の中でも最も高く、カタールにおいては全労働人口の94%が移民であり、サウジアラビアでも50%以上が移民だ。

エチオピアでは、貧しい農村出身で教育水準が低い若いエチオピア人女性たちが仕事を求めて中東諸国に働きに出ることが多い。エチオピアの労働社会福祉省によると、2011年には約18万8000人、2012年には17万5000人もの女性たちが正規の移民労働者として中東諸国に渡っている。行き先で圧倒的に多いのはサウジアラビアで、その他クウェート、アラブ首長国連邦などである。

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