「別の作品にするために、男の人が塗りつぶされてしまった。この作品が箱から出てきたとき、クラーク美術館の人とそんな話をしていたのですが、少し体の位置を変えてみると、何となく男の人の横顔が見えている。制作の過程がわかる、非常に興味深い作品です」と、三菱一号館美術館学芸員の阿佐美淑子さんは解説する。見えるかどうか確かめてみてはどうだろう。

もう1枚、ルノワールを見てみよう。画面からあふれんばかりの『シャクヤク』からは、筆の勢いが感じられる。図録によると、ルノワールはこう語っていた。「花を描くことは頭を休ませてくれる。
モデルと向き合っているときのような緊張は感じない。花を描くときはカンヴァスを台なしにする心配をせずに、私は自分の色を使って大胆に色彩の実験を試みる」。コレクターが3年がかりで探し当てて購入した作品だという。
パリのアパルとマンを飾るために…
そのコレクターとは、1955年にクラーク美術館を設立したクラーク夫妻だ。美術館はボストンから車で3時間、米国マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにある。夫のロバート・スターリング・クラークは、I.M.シンガーミシンの共同設立者である祖父から莫大な遺産を相続した。
イエール大学で工学修士を取った後、陸軍に入り、除隊後は中国を探検する。そしてパリに滞在し、コメディ・フランセーズの女優で後に妻となるフランシーヌと出会う。絵画を集め始めたきっかけは、パリのアパルトマンを飾るため。30点以上のルノワールをはじめ、印象派の絵画がコレクションの中心となった。
実はスターリングの弟も印象派の絵画を集めていた。けれども、同じ趣味を持ちながら、2人は財産分与をめぐって断絶していた。弟の死後、彼のコレクションはメトロポリタン美術館などに寄贈され、兄のスターリングは自分のコレクションを基にクラーク美術館を設立した。そして開館を見届けるように、翌年に亡くなった。
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