「水平開きノート」を作り続ける町工場の底力 80歳の職人が手作業で1日1000冊を仕上げ

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方眼ノートは製図に使える部分が多く便利だとして、技術系の学生から重宝され、コピーやスキャンをする時にも押しつける必要がない。現在はメモ帳や原稿用紙形式などの計12種類を製造している。子どもの夏休みの宿題に役立ちそうな商品や、近くを走る都電荒川線をあしらった乗車日記調の「都電ノート」などもある。

輝雄社長は年明け以降を「3万冊以上の注文が一度に来たため、うちだけではさばき切れなくなった」と振り返る。増産に合わせて二つ折りの紙の大部分を外部発注に切り替えたが、「納期に間に合わせることしか考えていなかったので、紙の供給をやらせてくれと殺到してきた印刷業者を選別したり、調達費の交渉をするような余裕はなかった」。

こうした背景から、3月や4月は、販売額が前年同月の約6倍に伸びたにもかかわらず、ほとんど利益は出なかった。夏場近くなると「売上高自体はある程度沈静化したが、採算を考えて協力工場を定めるなどの余裕もできたため、利幅は良くなってきた」。

取扱店も増え、現在はヨドバシカメラや三省堂、東急ハンズ、紀伊国屋書店などに卸しているほか、アマゾンでも販売中。8月10日には中村印刷所の復活劇を描いた書籍も発売される。

相手を信頼する売り方

 直接販売も受け付けている。注文があれば郵便局の払込用紙を同封して送る。払うかどうかは相手次第だ。性善説すぎる売り方ではあるが、これまで約400件のうち、支払いをしなかった例はわずか1件。送られてきた払込取扱票のコピーには、感謝と激励の言葉が並んでいる。

8月10日発売予定の著作「おじいちゃんのノート」(書影をクリックするとアマゾンの販売ページにジャンプします)

店頭で購入した人が送ってきた礼状も多い。数日前に届いたその中の1つには「苦手な方眼もこれなら使えます。考えを整理したり、表やリストを作ったり、縦にも横にも、折っても切っても、使いやすく書きやすいです」との言葉が記されていた。

輝雄社長はこの反響に対して、「日本もまだまだ捨てたもんじゃない」と嬉しそうだ。製本能力との見合いで、当面はノートやメモ帳などでの商品展開になるが、水平開き製法による写真集づくりや、海外での販売も検討中だという。

 孫娘のツイッターによる逆転劇の裏には、職人魂に基づく、マネの出来ない技術力があった。だが、それだけでは単に「日本のものづくり礼賛」で終わってしまう。売れ始めた際に採算よりも納期を優先して信用を守ろうとした態度や、顧客を信じて愚直な売り方を続ける姿勢、そして「幾つになっても働かせてもらうチャンス」(輝雄社長)があることへの感謝の念こそ、現在の日本企業が学ぶべき点かもしれない。

駅 義則 東洋経済オンライン編集部

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えき よしのり / Yoshinori Eki

1965年、山口県生まれ。1988年に時事通信社に入社し、金融や電機・通信などの業界取材を担当した。2006年、米通信社ブルームバーグ・ニュースに移ってIT関連の記者・エディターなどを務めた後、2015年9月に東洋経済オンラインのエディターに。現在の趣味は飼い主のない猫の里親探し

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