「水平開きノート」を作り続ける町工場の底力 80歳の職人が手作業で1日1000冊を仕上げ
東京・北区の住宅街にある有限会社中村印刷所。中村輝雄(てるお)社長(73)夫妻と息子、そして80歳の職人の中村博愛(ひろちか)さんの計4人が働く、典型的な家族的経営の町工場だ。その一角で2015年末、社長夫妻が真剣に「廃業しようか」と話し合っていた。
1938年に浅草で、輝雄社長の父の敬さん(故人)が創業。1945年3月の東京大空襲で被災した後、1954年に北区で事業を再開し、印刷ひと筋で78年の命脈をつないできた。
しかし、紙離れの荒波に押されてここ3年は赤字続き。2014年に「オンリーワン商品」として、開いた時に中央部分が膨らまない斬新な水平開きノートを開発。昨年8月に東京都から優れた商品であるとの推奨を得て販路の開拓を進めたものの、売れ行きは期待はずれ。年末には倉庫に約8000冊もの在庫が積み上がった。当時、業者からは「7割引なら引き取るよ」と言われる始末だった。
そこまで追い込まれた輝雄社長は「この周辺に持っている土地を売り払い、田舎に引っ込もうかなと考えていた」。2020年の東京五輪を背景とする不動産ブームもあるため、JRや地下鉄の駅から徒歩5分のこの土地ならば買い手もつく。倒産に追い込まれる前に廃業して土地を売れば、借金を返しても十分にお釣りがくる、今ならまだ…などと思案しているうち、年明けを迎えたという。
「自転車を買ってあげたい」が全てを変えた
だが、2016年元旦に博愛さんの孫娘の専門学校生がつぶやいた1本のツイートが、すべてを変えた。「ウチのおじいちゃんが特許を取って作った良いノートをなんとか売りたいけど、宣伝費がない。売れたらおじいちゃんに自転車を買ってあげたい」という内容だ。
この孫娘のツイートは多くのリツイートにより、拡散した。SNS時代ならではの現象だが、このおかげでノートの売れ行きに火がつき、中村印刷所は危機を脱することができた。
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