謎の芸人・永野はなぜ突如ブレークしたのか 芸歴21年のベテランがつかんだ最後の一押し

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永野は、芸人や業界関係者には昔から人気があった。一貫して独自の笑いを作っているからだ。業界の中にいる人は、お笑いの基本的なセオリーのようなものを知り尽くしていて、そこにはある程度のパターンがあり、多くの芸人がそれを反復していたり、それをアレンジしてネタという形にしたりということを知っている。

だが、永野は違う。永野は、初めから圧倒的にオリジナルだ。猿のマスクを付けて呼吸だけで口元を動かす「お猿の呼吸」、スパイダーマンを全然見たことない人がそれをやってみるというネタなど、発想も表現法も自由でつかみどころのないネタばかり。起承転結がなく、まともなオチもなく、気の向くままにダラダラと続いていく。ただ、それがたまらなく面白い。

実際、これまでにもチャンスは何度もあった。永野ほど「ネクストブレーク芸人」という枠でくくられたまま長く雌伏の時を過ごした芸人も珍しいだろう。2009年には『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)の「山-1グランプリ」で優勝したり、2014年には『さんまのまんま』(フジテレビ)で今田耕司が推薦する若手芸人として出演したり、次に売れると言われる芸人が出てくる登竜門的な場所には幾度となく姿を現していた。

それが今回、ついに本物のブレークを迎えた。その理由は何なのか、後付けであれこれ理由を付け加えるのはたやすい。「『ラッセン』がキャッチーな歌ネタだったため、歌ネタが人気の昨今の時代の空気にハマったのだ」とか。「黒づくめの衣装から、明るい青と赤の衣装になったことで、雰囲気が明るくなった」とか。

キャズム(溝)を超える

ただ、結局は、たまたまタイミングが合った、というのが本当のところなのだろう。芸歴を重ねて、永野の芸に中年の渋みのようなものが出てきた。本格的に売れる準備が整っていった。そして、準備ができたところに、『アメトーーク!』出演、斎藤工のイチ押し、といった決定的な出来事がいくつか重なって、ついに山が動いたのだ。

せっかくだから、もう少しビジネス的な分析もしておこう。エベレット・M・ロジャース教授のイノベーター理論によると、新しい商品を購入してもらうためには、新しいものを見きわめる感覚のあるイノベーター(革新者)、アーリーアダプター(初期採用者)に加えて、比較的慎重だが新しいものを取り入れる感覚のあるアーリーマジョリティ(前期追随者)と呼ばれる層を取り込まなくてはいけない。ここに刺さると、マーケットの大きな部分が動くことになり、「キャズム(溝)を超える」という事態が起こる。

永野は、長い間ずっと、業界人というイノベーター、アーリーアダプターをがっちり押さえてきた。ただ、最後の一押しが足りなかったために、そこで涙を飲んできたのだ。ただ、最近になってようやくお笑い感度の高いアーリーマジョリティが『アメトーーク!』などをきっかけに永野の面白さに気付いた。そして、その層が支持をしたことで、一気に世の中全体に広まるブレークへとつながったのだ。

メジャー志向で異端のカルト芸人・永野は、業界という足場を固めて、ついに世間という大海に乗り出した。メジャーシーンを席巻する彼が次に狙うのはどのポジションなのか? 長年のファンの一人としても見守っていきたい。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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