謎の芸人・永野はなぜ突如ブレークしたのか

芸歴21年のベテランがつかんだ最後の一押し

永野の人気に火が付いた最初のきっかけは、2014年の年末に放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日)の特番に出演したことだ。山崎弘也(ザキヤマ)と藤本敏史(フジモン)が、後輩芸人のネタを見てそれを好き勝手にパクってアレンジしてしまう「ザキヤマ&フジモンがパクりたい-1グランプリ」という企画。ここで永野は、売り出し中だった「ラッセン」の歌ネタを披露。これが反響を呼んだ。このあたりからじわじわと火が付いていった。

また、斎藤工、小嶋陽菜など、有名芸能人がこぞって永野を激賞したことも人気に拍車をかけた。何人かのタレントに認められたことで、彼らのファンを中心にして一般層に少しずつ永野の名前が知れ渡るようになった。そして、『アメトーーク!』をきっかけに、その人気は揺るぎないものになっていった。

永野のネタは謎に満ちている。ヒット作となった「ラッセン」も、「ゴッホよりラッセンが好き」ということを大声で歌いあげるだけの代物。「これのどこが笑えるんだ」と東洋経済オンライン読者の皆様に真顔で問いかけられたら、私もきちんと答えられる自信がない。また、それ以外にも「前すみませんばかりやってたら最後イワシになってしまった人」「富士山の頂上から二千匹の猫を放つ人」など、永野のネタはタイトルからして謎めいたものばかり。どれひとつ取っても、まともに説明可能なネタがない。

私自身、永野のライブには何度となく足を運んでいるし、彼のネタで大笑いしたこともある。それでも、彼のどこがどう面白いのかと尋ねられたら、分かりやすく説明してみせる自信がない。そもそも、永野自身が、そういったこざかしい後付けの説明を拒否しているようなところがある。永野とは、あらゆる解釈や説明をのみこんでしまうブラックホールのようなものだ。それでも、本稿では、のみこまれそうになるギリギリのところでふんばり、何とかその深淵に迫ってみることにしたい。

早くテレビの世界で売れたい

永野はもともと「カルト芸人」と呼ばれるタイプの芸人だった。「カルト芸人」という言葉に明確な定義があるわけではないが、単純に人気がない芸人、多くの人に理解されづらいような間口の狭いネタをやる芸人、どぎつい下ネタやタブーに触れるネタなど、テレビではできないネタを好んでやる芸人などが「カルト」の名のもとに語られることが多い。

そういう意味では、永野は典型的なカルト芸人だった。ただ、彼がそこらのカルト芸人と一線を画すのは、決してメジャーな舞台から目をそむけていたわけではない、ということだ。

いわゆるサブカルチャー(サブカル)的なものには普通、メジャーなものに対する嫉妬やあこがれが幾分か含まれているものだ。つまり、メジャーになりたいけどなれないからこそ、メジャーにツバを吐いて自分たちのようなマイナーな存在にこそ価値がある、と虚勢を張ってみせる。サブカルの根底にはそういうひねくれた精神性が潜んでいることが多い。

ところが、永野にはそういうところがほとんどなかった。むしろ、彼はお笑いライブという狭い世界で優劣を競い合うような風潮こそを忌み嫌い、「早くテレビの世界で売れたい」とことあるごとに口にしていた。売れる前からずっとそうだったのだ。いわば、彼はメジャーへの反発としてマイナーを気取っているのではなく、たまたま売れていないからマイナーという扱いを受けていただけなのだ。彼は「カルト芸人」と呼ばれる人の中でもさらに異端の存在だった。

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