扇動政治家の論調、実はファシズムと同じだ 過去への無関心が怪物を目覚めさせつつある

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こういったことは、かつての主流政治には見られなかった。そういった考え方の危険さを理解できる人々が、まだ十分いたからだ。

だからと言って、大衆主義者の言うことがすべて真実ではないわけではない。ヒトラーでさえ、ドイツにおける大量失業を問題と捉えていた点においては正しかった。欧州連合の不透明性、ウォール街の強欲と虚像、大量移民がもたらす難題、経済のグローバル化に伴う負の側面など、扇動家が脅威だとしている事象の多くは、批判されて然るべきだ。

こうした問題はすべて、主流派の政党が解決しようとしてこなかった、ないしは解決できなかったものだ。だが、今日の大衆主義者達が、そういった問題の責任を「エリート」(それが誰を指すのかは知らないが)や嫌われている民族的または宗教的少数派に押し付ける様子を見るにつけ、かつてのファシストとの不気味な類似性が垣間見えてしまう。

われわれはもう、気づいているはずだ

反自由主義の扇動政治家の究極の特徴は「裏切り」を論点にすることだ。「われわれ」は国際エリートに背後から刺された。われわれは今どん底にいる。われわれの文化がよそ者によって蝕まれている。裏切り者たちを排除し、彼らの声をメディアから抹消し、「物言わぬ大衆」を団結させて健全な国の姿を蘇らせれば、再び偉大な国になれるだろう。こういった表現をする政治家やその支持者はファシストではないかもしれない。だが、その論調は確実に、ファシストのそれに他ならない。

1930年代のファシストやナチスは、突如何もなかったところから発生したわけではない。彼らの思想は決して独自のものではなかった。知識人や活動家、ジャーナリスト、聖職者らが何年にもわたって発信した、憎悪に満ちた思想を、徐々に模倣していった。

言葉や思想には結果がついてくる。今日の大衆主義的な指導者たちを、比較的記憶に新しい過去の殺人的な独裁者と比較するのは、時期尚早だ。だが、彼らは大衆のかつてと同じような感情につけこんで有害な環境づくりに寄与している。

第2次世界大戦以降の世代が滅亡を願った怪物は眠っていたが、過去に対する無関心によって目覚めつつあることに、われわれはもう、気づいているはずだ。

週刊東洋経済7月2日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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