「時給910円」で働く39歳男性の孤独な戦い 正社員から派遣を経てアルバイト生活

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筆者が不思議なのは、ほかのアルバイトたちが、誰ひとりタカシさんに続こうとしないことだ。関心がないのか、面倒ごとはごめんだと思っているのか。これでは、タカシさん独りを矢面に立たせているように見える。

タカシさんと同世代でもある、同ユニオン事務局長の山田真吾さんは職場の雰囲気をこう推察する。

「みんな権利主張した経験がないんだと思います。有休も残業代も会社にお願いしてもらうものといった考えや、“会社に働かせてもらっている”という感覚の人が多いです」

そもそも、労働者と使用者である会社や企業は対等な関係ではないという。

「対等じゃないから、労働基準法や労働組合法などの法律で労働者側に下駄をはかせているんです。社員に“経営者目線を持て”などと言う経営者もばかげていますが、労働者のほうもせっかくの“下駄”を自ら脱ぎ捨てているように見えます」

ユニオンに相談が寄せられたとき、以前なら時給や雇用形態など仕事にかかわる質問をしたが、最近は手持ちの現金の額や借金の有無、独り暮らしかどうかなど私的なことも併せて尋ねるようにしているという。食費や家賃、医療にも事欠く状態まで追い詰められてようやく相談に来る人が増えたからだ。

いつでも礼儀正しく、物腰の柔らかいタカシさんは、ほかのアルバイトらの冷ややかな態度について「それはそれでいいんです」と受け流す。

医療費を「節約」するしかない

この新連載ではジャーナリストの藤田和恵さんが「男性の貧困の現実」をルポしていきます

カツカツの生活の中、LPレコードの収集などさまざまな趣味をあきらめる中、唯一、自分に許している「ぜいたく」が本を買って読むことだという。しおり代わりに機関車トーマスの絵柄がプリントされたトイレットペーパーの端切れを使っている。聞けば、2歳になる息子が好きなキャラクターなのだという。「高いんですけど。トイレットペーパーはこれに決めています」と表情を緩ませる。

「子どものために使うお金は1銭も惜しみたくない」というタカシさん。代わりに彼が「節約」しているのが医療機関の受診である。先日、肺炎で病院に行ったときは、医師から「どうしてもっと早く来なかったのか」としかられるほど重症化していた。また、詰め物が取れてしまった奥歯もずいぶん長く放置したままだ。

間もなく2人目が生まれる。子どもの母親にあたる女性とは経済的な理由からまだ入籍できないでいるが、これを機会に籍を入れたいと考えている。

子どもたちのためにも、精神安定剤に頼りながら働くくらいなら、転職すればいいと言う人もいるかもしれない。しかし、タカシさんは穏やかな口調のまま、こう言うのだ。

「決着をつけたいんです。こんな会社を社会からひとつでも減らしたい」。ここまで非正規労働者を増やしながら、ルールを守らない経営者や企業を野放しにしてきたのはいったい誰なのか。理不尽な社会の仕組みに翻弄され続けてきたタカシさんの意地でもある。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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