このとき、毛沢東ならぬ昭和天皇を仰いで体制刷新を期したのが二・二六事件(1936年)の皇道派青年将校だが、2012年の話題作であった片山杜秀『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』は陸軍統制派を都市の、皇道派を農村の代表者と位置づけている。
科学的に軍や産業の合理化をめざす統制派に対し、皇国精神のような情緒的紐帯に依拠した皇道派の背景には、近代化が進めども這い上がれなかった貧農層の心性があった。
欧米並みの総力戦に耐えうる社会などそもそも日本には作りえないのだから、必勝の信念で短期決戦で勝つべし、との戦術マニュアルもその反映である。
ところがそれを長期持久戦を志向する統制派が受け継いでしまい、資源もなく精神論だけで総力戦を戦うという倒錯が生まれたのだが、現実の国力以上にしゃにむに「世界標準」に追いつこうとする姿勢は、時としてかような反動を生む。
国と時代とを問わず、つつましくとも衣食住の生活が保障される社会だけは、文字どおり万民に共通するみんなの願いだろう。しかしその願いが政治に届く回路がひとりの「君主」のイメージだけの場合、それは巨大な暴力の連鎖に転化しかねない。
新たな日中関係も、まずは自国のかような教訓を、相手に伝えるところから始めてはどうだろうか。
【初出:2012.12.8「週刊東洋経済(損しない!生命保険)」】
(担当者通信欄)
2012年10月、都知事辞任の発表、11月には野田前首相が衆議院解散を表明、続く12月の衆院選に東京都知事選…と、リーダーたちの顔ぶれも日中関係激動の2012年とは変わっています。心機一転、といきたいところですが、しかし昨年起こった一連の変化が消えてなくなるわけでもなく。
日本が今の中国に似た過去を経てきたということが、状況を和らげるためのきっかけになるとしたら、まずはその気づき自体を、自分の中で新鮮に考えてみることなのかもしれません。
さて、與那覇潤先生の「歴史になる一歩手前」最新記事は2013年1月7日(月)発売の「週刊東洋経済(特集は、メイカーズ革命)」に掲載!
【わが国の教えたまいし歌 いま「聴きなおす」木下惠介】
『二十四の瞳』『カルメン純情す』など木下惠介監督の映画から、「コミュニティ・ソング」が私達に及ぼしてきた影響を考えます。
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