ロジカルな頭より、クレイジーな情熱

新世代リーダー 高島宏平・オイシックス社長

だが、「同じことは2度とやらないというのは、事業に対する熱意がないからこそできたこと」と髙島は振り返る。「生活を賭けて、人生を賭けてやっているわけではなかった。学生をやりながら、面白そうだからやったという感じなので、事業に対する思いというのは(オイシックスとは)全然違いますね」。

コストゼロでできる”改革”

髙島が大学院卒業後に就職したマッキンゼー・アンド・カンパニーを退社し、「Co.HEY!」時代の仲間など十数人とともに「オイシックス」を創業したのは2000年6月のこと。インターネットで生鮮食品を販売するという、まだ誰も実現したことがない事業に将来性を感じたのだ。

だが、それまでだれも「生鮮食品のネット通販」を実現できていなかったのは、インターネットで生鮮食品を販売するということが、それだけビジネスとして難しかったからにほかならない。

「物流がとにかく難しい。(生鮮食品は)品質劣化が早かったり、天候による影響をうける商品であったり、重量や体積のわりにほとんどおカネがいただけないものであったり。物流の難易度は(他の商品と比べて)非常に高い方ではないかなと思いますね」。

さらに、2000年当時といえばインターネットそのものが珍しく、主婦がネットで生鮮食品を買うなど、想像もつかないような時代。仕入れ先の農家に、事業の内容を理解して取引に応じてもらうために、何度も足を運ばなければならなかった。一方、創業直後の注文は1日にたった2件。それを3人のカスタマー担当社員が奪い合うといった状況だった。

時を同じくしてネットバブルが崩壊。資金調達も困難を極め、出資してくれるベンチャーキャピタルを探して奔走した。「売れない・買えない・おカネない」という、厳しい時期がしばらく続いた。

創業2年目に最大の危機が訪れる。商品の仕分けや配送を全面的に委託していた物流センターが突然、「明日で廃業する」と電話をかけてきたのだ。急遽、新しいセンターを探すなど、物流体制を全面的に再構築する必要に迫られた。

新しいセンターでは発送作業を請け負ってもらえず、社員が寝る間も惜しんで袋詰め作業を行うことになった。自社内での新たな発送体制が出来上がるまで、「10年経った今でも、思い出すと吐き気がするような1カ月間だった」と、髙島は自著(『ライフ・イズ・ベジタブル』)の中で述べている。

「楽しいと思って始めたわけですけど、結構つらいなと思うことが多くて。資金調達もそう。次々と起こるトラブルもそう」。苦しんでいる自分自身を俯瞰したとき、髙島はふと気づいた。「つらいと思って得することって、何にもないんだと。チームのメンバーも、チャレンジする楽しさを求めてこの会社に来てくれているのに、つらいことばかりあったら悪いな、可哀想だな、申し訳ないなと思って」。

「仕事を楽しむか、つらいと思うかは、コストゼロで決められる」。おカネのなかった創業期。次々と降りかかる問題に取り組む“態度”を変えることは、おカネを一切かけずにできる“改革”だった。

髙島は「現場」を大事にする。農家と一緒に収穫作業をしたり、漁船に乗って一緒に漁をしたり。顧客の家も月1~2回は訪問する。「比較的冷静で、ロジカルに動いているように見られることが多いんですけど、なんか根っこの部分で感情が燃えていないと、何にもやれないんですよね」。

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