近藤誠氏の「抗がん剤全否定」は間違っている 「がん患者放置」は、あまりに無責任だ
偽装例を1つ挙げよう。近藤氏の著作『がん放置療法』(文春新書)には「進行肺がんを治療しないで様子を見た場合の予想生存曲線」が紹介され、1年後の生存率は100%となっている。この曲線は「抗がん剤を受けたりしなければ、すぐに死ぬことはない」という思い込みを形にしている。
近藤氏は、この思い込みの曲線を、抗がん剤の臨床試験で示された現実の生存曲線と比較して、抗がん剤を受けた方の多くが1年以内に亡くなっているのは、抗がん剤で命を縮めたせいだと主張している。「思い込み」と「現実」を比べるのは科学的ではないのだが、同氏の本には、このような「エビデンスの偽装」が多数登場する。
数年前、バナメイエビを「芝エビ」、ブラックタイガーを「車エビ」と表示するなどの「エビの偽装」が社会問題になった。「エビデンスの偽装」は、多くの人の運命を左右するという意味で、「エビの偽装」よりもずっと重大な問題である。私たちは、この問題にもっと敏感になるべきではないだろうか。
小保方氏は厳しく糾弾されたのに...
科学の世界では「エビデンスの偽装」は厳しく取り締まられる。わかりやすい例は、「STAP細胞」を作製したという小保方晴子氏の研究である。科学誌に掲載された論文に捏造や改ざんがあったとして厳しい対応がとられ、マスメディアも過剰なまでに糾弾した。
近藤氏の「エビデンスの偽装」は、STAP細胞と比べても決して軽いものではなく、影響力はむしろ大きいのだが、偽装の舞台が科学誌ではなく、一般向けの雑誌や書籍だったため、何のおとがめもなく、今も野放しの状態だ。小保方氏と近藤氏へのマスメディアの対応が正反対なのは、この社会が、科学的なルールではなく、雰囲気やイメージに流されていることを象徴しているようだ。
近藤氏の三つ目の問題点は、がん患者を放置していることだ。同氏は抗がん剤を使わず、手術なども行わない「がん放置療法」を提唱している。私の患者さんの中にも、抗がん剤を使わず過ごしている方は多数いるので、それを「がん放置療法」と呼ぶのであれば、私も、「がん放置療法」を積極的に実践していることになる。
だが、私は、がんを放置することがあったとしても、患者さんを苦しめている症状や患者さん自身を放置することは、けっしてない。緩和ケアを積極的に行いながら寄り添っていくのが、腫瘍内科医の大事な仕事だ。
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