(第5回)「沢田研二」というキャラクターの作り方
●異例ずくめの『時の過ぎゆくままに』
「職業的鬱病」の危機を克服し、小椋佳や阿木耀子の詞に刺激を受け、「ぼくは発憤した」と自ら語るのが、「いくらか作詞に飽きが来ていた」阿久悠の新境地を鮮やかに示した、『時の過ぎゆくままに』だった。
阿久悠にとって最も愛着のあるこの曲の創作過程は、異例ずくめと言ってよかった。
「そもそも、この歌は、沢田研二主演のドラマの企画から始まったものである。今はすっかり作家だが、その頃テレビ局の花形演出家であった久世光彦に頼まれて、箱根の宿でいろいろと想を練った」(『愛すべき名歌たち』)
久世光彦というのは、なかなかの曲者(くせもの)である。
阿久悠より2歳年上の1935(昭和10)年生まれで、向田邦子の原作物などでホームドラマに革新をもたらす一方、昭和右翼の大立て者・北一輝への浅からぬ思い入れを語る一面を持つ。エッセイ『マイ・ラスト・ソング』では、昭和歌謡に対する並々ならぬ蘊蓄(うんちく)を披瀝してもいる。
その久世が、当時のスーパースター沢田研二を主人公にした連続ドラマを構想、阿久悠にテーマ曲の作詞のみならず、原作者兼スーパーバイザーの大役を振ってきたのだ。
『月光仮面』を制作した広告代理店(宣弘社)での、7年間のサラリーマン生活を経て作詞家になった阿久悠には、企画・制作に関する独特の臭覚が備わっていた。
敏腕の演出家・久世光彦も、その歌詞に現れた作劇術(ドラマツルギー)、徹底した虚構世界の構築に、作詞家としての能力をはるかに逸脱した何かを直感していた。
●「3億円事件」が持つ市場化可能性
箱根湯本の旅館に籠もって企画を練り上げる過程で、阿久悠から、ふと時効の迫っていた東京府中市での3億円強奪事件(1968年)を使えないか、というアイデアが出された。
迷宮入り寸前の事件であるから、いまだ真相は闇の中、決してベタな実録物を狙ったわけではなかった。白バイの警官に変装した犯人が、日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車を襲ったこの事件には、実は真の被害者は存在していない。一滴の血も流れず、被害額は全額保険で返還されたからだ。
そこに、この事件の市場化可能性があった。
まんまと3億円を手に入れた犯人は、現在に至るまでなぜかその金を使った形跡がない。阿久悠の想像力を刺激したのは、その謎から掻き立てられる、反時代的に屈折したロマンの香りだった。
主人公は使えない3億円を抱え込んだまま、頽廃的な生活に沈んでいく。ジュリーこと、美形の沢田研二の魅力を、「けだるさを秘めた退廃美」にこそある(『歌謡曲の時代』)と見抜いた久世・阿久のコンビは、TBS系ドラマ『悪魔のようなあいつ』で、そのけだるさの輝きを存分に引き出すことに成功した。
仕掛け人・阿久悠は、宣弘社時代からの盟友・上村一夫(『同棲時代』の作者)に作画を依頼して劇画版を『ヤングレディ』に先行連載、この原作を追う形でテレビドラマはスタートした。こちらの脚本は、中上健次原作『蛇淫』を映画化(『青春の殺人者』)したばかりの新鋭監督・長谷川和彦。久世の見出した、これもテレビ局外の人材であった。
『時の過ぎゆくままに』は、敗戦直後の昭和21年に劇場公開された映画、『カサブランカ』(ハンフリー・ボガード主演)のテーマ曲『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』の直訳だ。
だが、沢田研二が演じ、歌ったのは、ボギーのような典型的ヒーローではなく、ひたすら堕ちてゆくことの美に献身する新種のヒーローだった。
1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。文芸評論家
著書に『吉本隆明1945-2007』(インスクリプト)、『評伝中上健次』 (集英社)、『江藤淳-神話からの覚醒』(筑摩書房)、『戦後日本の 論点-山本七平の見た日本』(ちくま新書)など。『現代小説の方法』 (作品社)ほか中上健次に関する編著多数。 幻の処女作は『ビートたけしの過激発想の構造』(絶版)。
門弟3人、カラオケ持ち歌300曲が自慢のアンチ・ヒップホップ派の歌謡曲ファン。
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