ポーラ「THREE」の仕掛人が最後に挑むこと

世界で通じる日本発ブランドを作る

鹿児島県で生まれた石橋は、地元の百貨店に訪れたとき、化粧品カウンターで女性に化粧を施す男性メイクアップアーティストの洗練された姿に憧れを抱いた。その後、「百貨店で夢を売る仕事に就きたい」と考えた石橋は、国内外の百貨店巡りをライフワークとするようになる。

そして1973年、念願叶って資生堂と双璧をなしていた旧鐘紡の化粧品部門(現カネボウ化粧品)に入社。街の化粧品売り場や、台頭してきていたドラッグストアなど、あらゆる小売店向けの営業を歴任した。ただ、百貨店だけは、管轄の違いで担当することができなかった。

1997年にはやっとチャンスが巡ってきた。百貨店向け化粧品を展開する子会社に営業企画担当部長として出向し、ニューヨーカーをイメージした「RMK」(アール・エム・ケー)、東洋的な美を押し出した「SUQQU」(スック)と、独自の世界観を持つブランドの育成や立ち上げに携わった。

会社が売却され、石橋に訪れた転機

手掛けたブランドを次々とヒットさせる石橋社長の手腕には、業界の注目も集まる

そんな石橋に転機が訪れたのは2006年のこと。長年にわたる粉飾決算により、経営危機に陥ったカネボウが、花王に化粧品事業を売却し、親会社が変わることになった。

この時点で石橋は56歳。手塩にかけて育てたRMKは過去最高の売上高をたたき出していた。だが、花王グループの定年は60歳(当時)。石橋は「RMK、SUQQUに次ぐ3つ目のブランドを作るために、あと10年は働きたい」と、転職を決意した。

石橋を迎え入れたのがポーラだった。同社は戸別訪問による化粧品販売を主力としていたが、働きに出る女性の増加で、販売は伸び悩み。事業モデルとしては限界を迎えていた。

通販主体の「オルビス」(1984年)を強化し、2005年にポーラは訪問販売からエステに主軸を移した。これらに加えて切望していたのが、ブランド力の高い百貨店向けの販路だ。

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