「君が代」は、なぜいつまでも議論になるのか

最大の問題は日本人自身の中にある

おそらく、入学式や卒業式で「君が代」の歌詞や楽譜を「日の丸」のように壁に貼っておくだけならば、これほどまでに強い反発を生むことはなかったと思われる。問題視されがちな歌詞やメロディも、「歌う」という行為に結びついて初めて大きな違和感を生み出すのではないだろうか。

「歌う」ことで日本は近代化に成功した

みんなで一緒に同じ歌を「歌う」ことは、心身に大きな束縛感をもたらす。と同時に、うまくやれば強い一体感を生み出すこともできる。

明治時代の新政府は近代化を推し進める中で、まさにその点に注目した。困難な時代に日本が一丸となるためには、江戸時代まで「X村の農民」「Y家の家臣」「Z町の職人」だった人々に「日本人」という共通した国民意識を持ってもらわなければならない。そのために「我々は同じ日本人だ」と思わせる音楽が活用されたのである。唱歌や軍歌と呼ばれる歌は、鉄道や通信制度などと同じく、明治政府の関係者が西洋諸国を参考にして導入したものであった。

例えば、今日「蛍の光」の名前で知られる唱歌には、かつて次のような歌詞があった。

つくし[筑紫]のきはみ。みちのおく[陸の奥]。うみやまとほく。へだつとも。
そのまごゝろは。へだてなく。ひとつにつくせ。くにのため。
千島のおくも。おきなは[沖縄]も。やしまのうちの。まもりなり。
いたらんくにに。いさをしく。つとめよわがせ。つつがなく。

九州から東北まで、また北海道の千島列島から沖縄まで、場所は隔たっても、日本人は等しく「国のため」に尽くさなければならない。明治政府の切実な願いがここから読み取れる。

そして「君が代」もまた、新政府が作り「上から」国民に与えたものに他ならなかった。つまり、「歌う」ことがもたらす効果を計算した上で「君が代」は敢えて小学校などで導入されたのである。

ただし、単に「上から」強制しただけでは反発を生み、一体感を生み出す効果も弱まってしまう。「君が代」の場合はどうだったのだろうか。ここで比較のため軍歌の例を見てみよう。軍歌こそまさに政府や軍部が民衆に押しつけた音楽だと一般には思われている。

確かに、明治初期の軍歌は、西洋列強に学んだ一部のエリートが作り、民衆に与えたものにすぎなかった。だが、日清戦争が始まると、ナショナリズムに燃え上がる民衆は競って軍歌を買い求め、軍隊を応援し戦勝を祝うため、自発的に軍歌を歌うようになった。同じことは日露戦争や満洲事変の時にもいえる。

こうして軍歌は「上から」と同時に「下から」も生まれ、歌われた。日本の軍歌の総数はおそらく一万曲近くに及ぶが、このような厖大な数は民間の自発性抜きには説明できない。そのため、軍歌は日本の人々を一体化することに大きく貢献したのである。この辺の経緯は、拙著『日本の軍歌』(幻冬舎新書)に詳述したので、ご興味のある方は参照していただければと思う。

これに比べ、「君が代」は一貫して「上から」の要素が強かった。民衆が自発的に「君が代」を歌ったという記録はほとんど見られない。むしろ戦前でも驚くほど「君が代」に対する批判は多かった。国民意識の形成やナショナリズムの高揚という面では、「君が代」より軍歌の方がよっぽど大きな役割を果たしたことだろう。「君が代」斉唱は強制的だったので軍国主義を推進したというよりも、強制的だったために軍国主義を必ずしも推進しなかったとさえいえるかもしれない。

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