ハーバードを白熱教室にする「超競争原理」 教授たちは赤裸々に"評価"されている

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日本の大学でもFD(ファカルティ・ディベロップメント=Faculty Development)活動として広がっているように、ケネディスクールでも学期が終わり、成績が発表される前に、学校側から授業評価についてメールが来る。アンケートの質問は「授業について」「教授について」「リーディングの素材は有益だったか」など約20項目。各項目を評価し、自由記述もある。

ケネディスクールが興味深いのは、学生から受けた過去10年分もの結果を詳細に公表している点だ。ほかの大学だと学生に結果を公表せず教授や講師へのフィードバックとして使う、公表したとしても学部や学校の全体集計のみで個別の授業は公表しないという例もある。

たとえば私が先日ショッピングに参加した「コミュニケーションの技とコツ」という授業。講師は昨年から教えており、どういった強み、弱みがあるか点数が公表されている。しかも同じ名称の授業は年に7コマ開かれており、別の講師らが同じ科目名で同じ内容を教えている。授業評価を見れば、ほかの講師と比べて目の前でプレゼンしている講師がどういった点で評価が高いのかがわかる。また入札の結果を見れば、どの講師の評価が高いのかも一目でわかる。

評価の透明化がプラスの緊張感を生む

そういった評価をしっかり生かそうと、学校側は学生を授業評価に参加させることに意欲的だ。学生が授業評価を提出しなかった場合にはペナルティもある。その授業の成績が一定期間、成績表に載らないというリスクを学生は負ってしまう。

おそらく授業や先生の評価を公表するのは、大学、教える側にとって抵抗が大きいだろう。評価の低い年が何年も続けば学生が集まらず、今後も授業を開けるかどうかがわからない。また同僚同士で「あの先生、評価がまた低かったよ」などと話題になるという。

だが評価を透明化することでいい意味での緊張が生まれ、熱心に教えざるをえなくなる。ショッピングデーですばらしいプレゼンをし、過去の授業評価も高ければ、多くの学生が集まる。ビディングにかかる名物授業となり、履修するためだけに高い入札点が必要となれば、熱心な受講者が増える。教授や講師の名声は高まるという競争原理が働く。

そもそも教える側は自らの評価をあげるために、恣意的に「全学生にいい成績を与える」ということはできない。学生が記入する授業評価の締め切りが成績の発表より前であるし、ケネディスクールでは「上位のAが10-15%、次点のA-は20-25%」などと目安となる基準を決めてHPでも公表しているためだ。

次ページ教える側はつねに「教え方」を考え工夫するように
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