いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ 有効需要とイノベーションの経済学 吉川洋著 ~不況脱出に需要創出型のイノベーションを提唱
優れた啓蒙書だ。ケインズとシュンペーターは、20世紀経済学の両巨頭といわれながら、生前はもとより死後も、両者の仕事を橋渡ししたような研究は 例外を除いてほとんどなかった。しかし、吉川洋氏はその数少ない例外である。
アメリカのサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機と世界同時不況の発生の最中、再びケインズ経済学や大恐慌の歴史に関する関心が高まっているが、第二次大戦後の経済学界のあゆみを振り返ってみると、ケインズ評価は時代の流れとともに揺れ動いてきたというのが事実である。不況になるとケインズや財政出動が新聞や雑誌などに頻繁に出てくるようになるのは理解できないでもないが、ケインズに限らず、偉大な経済学者の思想はそれほど単純ではないものだ。
吉川氏は、エール大学のケインジアン(ジェームズ・トービン)に学んだ著名なマクロ経済学者だが、最近は、経済財政諮問会議をはじめとする政策現場にも活躍の幅を広げてきたことは多くの読者がご存じだろう。吉川氏は、わが国が平成不況にあえいでいた頃から、ケインズの「有効需要の原理」に照らして、それが需要不足によるという立場をとっていたが、需要不足が原因だとする専門家たちのあいだでも、そこから抜け出すための政策となると立場が大きく分かれてきた。
たとえば、昨年度のノーベル経済学賞の受賞者で、わが国でも著名なポール・クルーグマンが「インフレターゲット政策」を提言したことは、読者の方々もよく覚えておられるだろう。
しかし、本書の立場は異なる。吉川氏は、そこに、「イノベーション」という言葉で有名なシュンペーターの経済学を取り込もうとする。すなわち、需要不足による不況が生じても、イノベーションのなかで需要喚起につながるようなプロダクト・イノベーションや新しい販路の開拓を後押しするような「需要創出型のイノベーション」が生まれれば、不況から脱出できるはずだという発想である。
評者は、以前からこのような吉川氏の発想とそれを活かしたモデル分析をきわめて高く評価してきたが、意外にも、その意義が経済学者やエコノミストたちにいまひとつ正確に伝わっていないことを残念に思ってきた。だが、ケインズとシュンペーターに関する吉川氏の詳細な見解が詰め込まれている本書の登場によって、そのような状況が改善されることを望みたい。
理論家が経済学の古典を渉猟して書いた本はきわめて少ない。今回も評者の著者への高い評価が変わらないゆえんである。
よしかわ・ひろし
東京大学大学院経済学研究科教授、専攻はマクロ経済学。経済財政諮問会議議員。1951年東京生まれ。東京大学経済学部卒業、エール大学でPh.D.。ニューヨーク州立大学助教授、大阪大学社会経済研究所助教授等を経て現職。社会保障国民会議座長等を歴任。
ダイヤモンド社 1890円 292ページ
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