「世界の争い」が一向になくならない根本理由 地政学の視点なくして、本質は読み解けない

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すべての国がほぼ均等な力で押し合い、均衡が続いている間は何も動かないが、ひとたび、どちらかが引けば、もう一方が押す。弱みや隙を見せれば、一気に付け込まれる。自国が不戦を誓っていても、そうでない国が存在するとしたら、対抗策を取らざるをえない場合もあって当然だ。これが、今までもずっと繰り返されてきた国際政治の常識だ。

パリでの同時多発テロの発端は第一次世界大戦!?

さて、冒頭で触れたパリでの同時多発テロ。これは地政学的に見れば、1916年のサイクス=ピコ協定(オスマン帝国領アジアをイギリス、フランス、ロシアとで分割、パレスチナは国際管理下に置くというもの)でわかるように、ヨーロッパ諸国がアラブ世界を民族無視で勝手に分割したこと、さらにその後、しっかりコントロールしきれなかったことが、さまざまな形をとって現在にまで及んでいることがわかる。

たとえば、アメリカがイラク民主化のためにフセイン政権を倒したが、その残党が「イスラム国」を作った。このたびのパリのテロもまた、それらがもたらした大きな悲劇の一つであると見るべきだろう。

ひとくちにイスラム教徒といっても、内側は非常に複雑である。彼らの帰属意識は、国よりも部族に対してのほうが強い。さらに、イスラム教にはスンニ派とシーア派という二大宗派があり、多数派のスンニ派と少数派のシーア派が対立を続けているという、長い歴史がある。この宗派とは別に、トルコ主義、アラブ民族主義、ペルシャ主義といった、少しずつ異なる民族意識もある。

宗派や民族意識が異なっても、最大概念であるイスラム共同体「ウンマ」への帰属意識は共有している。しかし、イラン・イラク戦争のように、同じイスラム教国同士で起こった戦争には、スンニ派とシーア派の歴史的対立が絡んでいる場合もある。

こうした背景をいっさい斟酌しようともせず、戦勝国が勝手に勢力図を決め、分け合ってしまったのが、第一次世界大戦の一つの結果だった。アラブ世界の人々は、宗教心や帰属意識もろとも、列強の手前勝手な領土欲に振り回されたのである。

現在では中東は、かつてのバルカン半島をしのぐといってもいいほどリスクの高い「火薬庫」となってしまった。目下、最大の懸案は、やはりイスラム過激派組織「イスラム国」の台頭である。「イスラム国」は、サイクス=ピコ協定の終焉を目指している。

ちなみに昨年、パリでテロが起こった11月13日は、1918年、英仏軍がオスマン帝国のイスタンブールを制圧した日である。つまり聖戦を掲げるイスラム国にとっては、キリスト教徒にイスラム教徒が侵略された恥辱の日であり、復讐を狙った日と見ることもできる。

この問題は簡単に解決しない。100年前の話が発端となっており、100年間も解決されなかったからだ。テロはいかなる理由があっても認められない。ただ、これまでの歴史を頭に入れつつ、いろいろ考えをめぐらせなければ、現在、世界で起こっているさまざまなニュースは読み解けない。

高橋 洋一 政策工房会長/嘉悦大学教授

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たかはし よういち / Yoichi Takahashi

1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年、大蔵省(現・財務省)入省。プリンストン大学客員研究員時代、のちにFRB議長となるベン・バーナンキ教授の薫陶を受ける。内閣府参事(経済財政諮問会議特命室)、総務大臣補佐官、内閣参事官(総理補佐官補)などを歴任。2007年に財務省が隠す国民の富「霞が関埋蔵金」を公表し、一躍、脚光を浴びる。2008年、退官。現在、大学で教鞭をとる

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