これまで日本側は、慰安婦問題を含め請求権問題は1965年の請求権・経済協力協定で解決済みであるとの立場であったのに対し、韓国側の主張は、人道問題であるので解決していない、日本は国家補償をすべきであるというものだった。
その立場は今回も変わってはいない。しかし、岸田外相は法的な説明こそしなかったが、「日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」と従来の線より踏み込んで発言した。「心の傷を癒す措置」というのがキーワードだ。かつて「アジア女性基金」の際に日本政府が拠出したのは、「アジア女性基金」事業を支援するための事務経費と元慰安婦に対する医療・福祉事業などの費用だったので、今回の日本政府の対応は明らかにその範囲を越えている。
韓国側にとっても、このキーワードこそ、飲めるポイントだっただろう。日本政府から「国家補償」という言葉や法的な責任を認める言葉は引き出せなかったものの、日本政府は今回、「アジア女性基金」のケースより一歩踏み込んで元慰安婦の「心の傷を癒す措置」のために拠出することを決断したのだと説明できるからだ。
「道義的な責任」から「責任」へ
また、岸田外相は、「日本政府は責任を痛感している」と明言した。これがもう一つのキーワードだ。この点も「アジア女性基金」の場合の、橋本首相の元「慰安婦」にあてた書簡の「道義的な責任を痛感」とは微妙に違っている。今回は「道義的な」という言葉がなかったので、韓国側は、日本側が「元慰安婦に同情しているだけでなく、自ら犯したことに責任があると言っている」という説明が可能になっている。これらのことは、日本政府が国家責任を認めることにこだわってきた人たちに説得力がありうる。
なお、「安倍首相が心からおわびと反省の気持ちを表明する」は橋本首相の書簡と、細かい表現はともかく、同じだ。
このように見てくると、日韓両政府はそれぞれの立場を大きく損なうことなく合意に至ったのであり、「国家補償」問題について非常に賢明な解決だったと思う。
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