土光敏夫、松下幸之助に匹敵する経営者・西山弥太郎--『鉄のあけぼの』を書いた黒木 亮氏(作家)に聞く
──それにしても、日本全体が資金不足の時代に内外から融資をよく取り付けましたね。
そこをこの本のハイライトとして書き下ろした。米国ワシントンにある世界銀行のアーカイブズで、青インクの几帳面なローマ字で書かれた西山のサインをいくつも見て感動した。そのアーカイブズには世銀内の関連書類や川鉄からの書簡が保存されている。おびただしい数の書簡のやり取り。拡張資金導入にかける、西山らの意気込みと熱意が、これでもかという感じで伝わってきた。
──国内では、日本銀行総裁の「ぺんぺん草発言」があったといいます。
日銀の政策委員会の議事録が公開されるようになって、実情がつぶさにわかるようになった。一万田尚登総裁が川鉄の千葉工場を目の敵にしていたというのが日本経済史の通説になっているが、事実はどうもそうではないらしい。当時の川鉄の内部資料も参照してみたが、一万田は、最後には、自己資金も多いし第一銀行が責任を持ってやるならいいのでは、との意向だったようだ。むしろ財界で暴挙との声が上がった。「製鉄所にぺんぺん草が生える」とは、たぶん言っていない。西山も知人の出版物で否定発言をしている。
もともと一万田と西山は同い年で、実はわりあい仲がよい。一万田が政治家になった後、ラテライト研究会を作っている。ラテライトはアフリカなどにある鉄分が含まれる土。それをいかに利用するかで、協力し合ったらしい。
──小説ながら鉄の製造プロセス図が付録として収録されています。
製鉄現場の描写に当たって、技術隠語をはじめ難しい点が多々あった。それで、読者にわかりやすいようにと収録した。元社長の数土文夫相談役にも教えを請い、平炉の煙道の掃除をよくやった話や、火花でどんな成分かわかるという経験談が印象に残った。高炉の「ふき止め」と「ふき降ろし」はどう違うか、黒板とは何か、業界用語はどうしてもわかりにくい。昭和20年代の川鉄の鋼板は花が咲いたような模様に人気があったという。OBから聞かせていただいて知ったことは、数々ある。