土光敏夫、松下幸之助に匹敵する経営者・西山弥太郎--『鉄のあけぼの』を書いた黒木 亮氏(作家)に聞く

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──銑鋼一貫に新規に進出し、苦労の連続だったようです。

当時の川崎製鉄は同業他社に比べて待遇もよくない。千葉工場は未開地のような所にあり、そこに多くの人が神戸から転勤させられる。遊郭だった建物を買い取って転用した宿舎に住まわされ、西山自身も最初は6畳一間から工場建設に奔走する。上司が自分たちに敬意を払い、気に掛けてくれる。それに共鳴し、歯を食いしばって頑張る。冷めた目で見れば、安い給料で必死に働かせる究極の経営術といえるが、そのへんが彼の経営者としての真骨頂だったのだろう。

──しかり方にも独特のものがあったようです。

言葉を選び、相手の人格を攻撃するようなことは決してしなかった。つまり、こういう人間だから駄目だとは言わない。こういう仕事をしては駄目だとしかる。それだと、しかられたほうにも、何か温かいものが残る。厳しくしかられても慈愛を感じたと、何人もの社員が思い出を書き残している。

彼の人使いのコツは、「人のいいところだけを見る」だったようだ。人の性格的な悪さはとかく目につくものだが、そこは全然気にしない。本人は、囲碁でも「悪い石といい石があるが、全部生かしたい」と言って打っていたらしい。自分の手にあるものは玉石すべて生かしたいというのが、人使いの発想において根本にあったようだ。

──師といえる人物はいたのですか。

国際性を含めて、川崎造船所の松方孝次郎社長仕込みではないか。彼は松方正義の二男で、米イェール大学と仏ソルボンヌ大学を出ている。現場主義に徹していて、足が悪く杖を突きながらも、毎日社員を励ましながら工場内を歩いて回った。西山は閣下と呼んで、ずいぶん心酔していたという。親のしつけも厳しかったらしい。人のいいところを見て付き合うという交際術は、若いときに植え付けられたようだ。

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