経営における幾多の成功事例は、そのような人生を背景に生み出されたものが多い。たとえば事業部制は、1933(昭和8)年、世界的にも早い時期であった。しかしそれは、体が弱く直接に仕事をやることができなかったからである。それで自分に代わって仕事をやってもらおうと考えているうちに、自然に、それぞれの製品別に事業部をつくって、経営者を決めてやってもらうことを思いついた。
のちに人材の育成とか責任の明確化とか、合理的な説明がなされるようになるが、もともとは自分の体が弱かったことがきっかけである。もし、頑健な体をしていたら、1から10まで全部自分がやってしまおうと思ったであろう。幸いにして体が弱かった。それがよかったということである。
松下が大きな成功を収めることができた重要な理由として、自分の「弱さからの出発」という境遇をはっきりと見つめ、容認したということがある。自分が凡人であり、その凡人が事業に取り組むのだということを、自認したからこその成功であった。松下ははっきりと自分を普通の人間、平凡な人間、凡人として認識していた。
松下は、性格的にも弱いほうであった。自分自身でもしばしばそう表現していた。しかし、一方では驚くべき強さがあった。常人では及びもつかない強さがあったこともまた事実である。特に、自分の信念を貫くことに厳しかった。自分の負っている責任に対して厳しかったし、とにかく自分自身に対してはつねに厳しかった。
弱さに徹したところが強さになった
こうした厳しさ、強さはどこから出てきたのだろうか。
その強さは、奇妙な言い方かもしれないが、自分の弱さを認識し、その弱さに徹したところから生まれてきたのではないかと思う。
たいていの人間であれば、なるべく自分の弱さを隠そうとする。隠さないまでも、どこかで自分の「優位性」を表現しようとする。弱い自分をどこかで「強く」見せたいと考える。その無理が、逆にその人本来の魅力を失わせる。しかしほんとうの自分を素直にさらけだす者には、魅力が生まれる。そばにいる人の心を開かせ、かえって存在と迫力を感じさせるようになる。
と同時にもうひとつ、松下はその弱さから出発しながら、弱さを現実において「強さ」に変える意思を持っていた。
弱さを強さに変えるためには、どうすればいいのか。日々、一歩一歩を積み重ねていくことである。人に尋ねたほうがいいと思うならば、素直に尋ねる。その日なすべき仕事に、誠実を尽くす。恵まれた能力がないというのであれば、人一倍の熱意でことにあたる。そのような小さなことの積み重ねが、平凡を非凡に変え、弱さを強さに変えてくれる。
このように考えてくると、成功を目指す者が心すべきことは、中途半端に自分ひとりを高きところに置き、見せかけの強さから出発してはならないということである。成功を目指す者が心すべきことは、自分の弱さを直視し、認識し、それを出発点にして、なおかつその弱さを徹底して貫き通し、平凡なことを誠実に熱意をもって積み重ねることによって、本当の強さを生み出していこうとすることである。
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