キリシタン大名の心を打った「秀長の言葉」
大和大納言──。そんな豊臣秀長の呼び名は天正13(1585)年8月、兄の豊臣秀吉より大和国を加増されて、後の天正15(1587)年8月に権大納言の官職を授けられたことに由来している。
ドラマ『豊臣兄弟!』では、秀長はまだ信長に仕えたばかりで下積み時代だ(2026年2月時点)。それから約20年が経った頃のことだけあって、想像もつかないほどの栄達だが、実は出世してからも相変わらず兄には振り回されていた。
というのも、秀長が大和に入る2カ月前の天正13(1585)年7月11日、秀吉は関白に任官。その返礼として、禁中で能興行を催したかと思えば、同じく禁中の小御所で初めて茶会を催すなど、お祝いのイベントが相次いだ。
秀吉を補佐する秀長もおのずと多忙になる。それでも秀長は京での任務に追われながらも、領内には的確な指示を行い、郡山城を立派なものにし、城下町を栄えさせた。



















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