投資家を黙らせた高市首相が挑む政策に世界が注目、啓発的な経済ナショナリズムの新たな実験の場所に
高市氏は昨年10月の所信表明演説で、「官民が手を携え先手を打って行う戦略的な投資」を通じて潜在的な危機への耐性を強化する「危機管理投資」に言及。これはブリティッシュ・レイランドを生み出した発想を想起させるが、「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靱(きょうじん)化対策」といった地政学的目標にも根差している。
こうした考えが不安を呼ぶのも無理はない。日本を含め、強力な指導者が産業を防衛分野へと特化させてきた歴史は警戒を要するものだ。しかし、日本が恩恵を受け得る理由も十分にある。
過当競争
日本は多様かつ複雑な経済構造という大きな強みを持つ。ハーバード大学ケネディ行政大学院のグロース・ラボが公表する「経済複雑性アトラス」によると、日本は2010年以降、毎年世界で最も経済複雑性の高い国に位置付けられている。米国はもはやトップ10にも入っていない。
しかし、こうした強みは大きな金融リターンには結び付いておらず、日本はイノベーションを拡大するための資本の呼び込みに苦戦してきた。巨大テック7社で構成する「マグニフィセント・セブン」が世界的な支配力を確立した米国では、全く問題になっていない点だ。
逆説的だが、問題は過度な競争にある。経済学者シュンペーターが説いた「創造的破壊」が抑え込まれてきたのだ。「最大の問題は、シュンペーターがその魔法を発揮することを許されてこなかった点にある」と、CLSA証券のニコラス・スミス氏は指摘する。
合併・買収(M&A)の欠如に加え、一連の債務返済猶予措置がゾンビ企業を延命させてきた結果、ほぼすべての産業が小規模事業者の寄せ集めのような構造になっている。多くの業界で企業数が過剰となり、規模は小さく収益性も低い。
日本では厳格な労働法制により、企業が従業員を解雇することは難しい。これは通常なら、企業買収の重要な目的の一つだ。そのため数十年にわたりM&Aは低迷してきた。だが現在では、生産年齢人口の減少が著しくなったことで、企業は人手を確保するために他社を買収するようになっているとスミス氏は指摘する。人口動態は高市氏にとって追い風だ。2025年のM&A件数は前年比で47%増加。より大規模な企業を対象とする案件が増え、投じられた総額は344%増加した。
こうした流れはさらに強まる余地がありそうだ。マネックスグループのイェスパー・コール氏は「日本に自動車メーカーが7社も、半導体商社が25社も、地方銀行が100行も、さらには800を超える大学も必要ない」と話す。だが、過度な競争こそが、東京を訪れる人々を圧倒するほどの多様な選択肢を生み出してきたことを同氏も認めている。毎年1300種類の新たな清涼飲料が発売されているという。とはいえ、日本はその魅力や多様性の一部を犠牲にしてでも、代表的な国産ブランドの育成を優先したほうが得策かもしれない。
そうなれば労働力不足への対応も容易になる。さらに重要なのは、この過程により株主還元の資金を生み出すとともに、生き残っている企業にとっては資金調達がしやすくなることだ。

















