「67歳のときに肝臓がんの診断」 しかし延命治療を拒否した母…《"何もしない"という選択》をした彼女の真意

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節子さんは家庭の主婦として家を守り、その一方で敬虔なクリスチャンとしてボランティア活動や社会活動に精を出し、とにかく1年365日、家の中でも外でも誰かのために動き回ってきた人だった。

自宅で迎える本当に幸せな最期のとき: 在宅緩和ケア医が看取った「ハッピーエンド」
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「最近まで庭仕事ができていたのに、こんなにがくがくとできなくなるのにはびっくりしちゃった」

もう一度、大好きな庭いじりがしたい――。

それが彼女の一番の思いだった。

「1時間でもいいから庭に出たいなあ」と、折に触れて看護師に語った。

「ジャム作り20年!」

ボランティア活動の歩みを話しだしたら、止まらない。そして、止まらせないのがいっぽの看護師の仕事。

やりたいこと、やり残した思いを自ら語りまくってもらうことで、「もうしょうがないことなんだ」と気持ちを整理するための手助けになりたいと思っている。

一人でトイレに行けるし、入浴もできる

「今まで妹から常に治療を勧められていたけれど、最近、『お姉ちゃんの“何もしない選択”でよかったのかもしれないと思えるようになった。自分もそういう選択をするかもしれない』って言ってくれた。理解してもらえて嬉しかったなあ」

うとうとと眠っていることが多くなってきたが、一人でトイレに行けるし、入浴もできる。自宅で穏やかに最後の日々を過ごしたいという彼女の望みは叶えられている。

そのようにいっぽのスタッフが感じていたときに、節子さんから「私のことで家族に迷惑をかけているから早く逝きたいとも思う」という発言があったのだった。

【続きを読む】「夫は病院を、息子は自宅を勧めるけど…」  延命治療を拒否した妻が《最期の場所》を悩む理由

萬田 緑平 在宅緩和ケア医、緩和ケア萬田診療所所長

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まんだ りょくへい / Ryokuhei Manda

1964年生まれ。群馬大学医学部卒業。群馬大学付属病院第一外科に所属し、外科医として手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行うなか、終末ケアの大切さを痛感。2008年在宅緩和ケア医に転身して緩和ケア診療所に勤務後、2017年、がん専門の緩和ケア 萬田診療所を開設。亡くなるまで自宅で暮らしたい人を外来診療と訪問診療でサポートする。

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