会社清算で家を失い開眼した「世界は負債で回っている」  どん底を味わった元起業家が考える「借金帳消しの理論」

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最初にそれを実践したのは、『21世紀の資本』を書いた、トマ・ピケティだった。18世紀まで遡る詳細なデータの分析によって、ピケティは資本蓄積が必然的に格差を生み出すことを明らかにした。

同じように長期的な経済データの分析を通じて、『世界は負債で回っている』はMMT理論で展開された理論の妥当性と、負債が作り出している世界を見事に描き出し、危機回避のための処方箋を導き出そうと試みている。

貨幣論のコペルニクス的転回

貨幣について考え始めたとき、私の頭に在ったのは、古い高校の教科書に書かれた貨幣量×流通速度=物価×取引量という公式、つまりは貨幣数量説というものであり、お金を刷りすぎると、価値の希薄化が起こり、インフレになるというような古典的なものだった。

もっと言えば、私にとって、貨幣とは市場に流通しているお金(ハード・カレンシー)のことだという抜きがたい信仰のようなものであった。おそらく、日々の資金繰りに苦労している経営者や、家計のやりくり算段をしている生活者にとっては、目先の現金こそがお金のすべてである。

つまり、お金は貨幣造幣局が印刷して作るものであり、中央銀行がこれを管理運営している。そして、お金の印刷は金に裏付けられている。

今でも私の直感はこんな古典的な貨幣論をどこかで信じているのである。だから、最初にMMTの解説書を読んだときは、大袈裟な表現を使えば、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたのであった。

上記の書物に書かれていたお金に対する根本的な考え方は、私が思っていたものとはまったく正反対だったからである。これはまさに、貨幣論のコペルニクス的転回だった。貨幣理論が進化したのではない。貨幣そのものが、進化してきたのである。

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