「口ごもりながら話す」姿が胸を打つ。墨俣一夜城の築城に一役買った秀長の説得術《大河・豊臣兄弟!》

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
墨俣一夜城
墨俣一夜城(写真:GLP / PIXTA)
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、天下人・豊臣秀吉の弟である豊臣秀長を中心に、戦国時代のど真ん中で天下統一を果たした兄弟の軌跡にスポットライトがあてられています。今回は諸豪族を味方につけた秀長の人間力を紹介します。
著者フォローをすると、連載の新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます。

秀長は武士に全く興味がなかった

『武功夜話』(以下、同書と略記することあり)は、愛知県江南市の吉田家(旧前野家)に伝わる家伝記で、織田信長や豊臣秀吉に仕えた前野家一族の古記録です。信長や秀吉ら武将の若き日の姿を伝える軍記物としても知られていますが「偽書」との指摘もあり、これまで「真贋論争」の対象となってきました。

しかし、研究者の中にも、同書は「荒唐無稽な部分も多く、良質な史料とはいいがたいかもしれないが、信長や秀吉に関する一次史料の空白を補う参考史料としては、貴重なものである(中略)偽書・偽文書として切り捨てるだけの時代は、とうの昔に終わっている」(藤田達生『秀吉神話をくつがえす』講談社、2007年)との評価をされる方もいます。

その見解を踏まえると、同書は、秀吉に比べて関連史料が少ない羽柴秀長の一次史料の「空白を補う」参考史料でもあるのです。

同書(第1巻)において、まず、秀長は次のように紹介されています。「尾州中村在の人、藤吉郎の舎弟なり」と。尾張国中村出身で、秀吉の弟だということです。そして興味深いのは、次の一文です。

「武辺の志等、微塵も相無し」。武辺(武事に関すること、戦など)に全く関心がなかったと記されています。中村において百姓をしていたので、武士になることなど考えてもいなかったのでしょう。そんな秀長に転機が訪れたのが、同書によると、永禄5年(1562)。桶狭間の戦い(1560)から2年後のことです。

次ページ兄・秀吉が懇願
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事