「日報をAIに丸投げ」した新人の1年後の悲惨な末路 日報はなぜあるのか? AIを「使うな」ではなく「使い方を考える」必要がある
ここで、そもそも日報とは何のために書くのかを考えてみたい。
「上司への報告のため」「業務の記録のため」。もちろん、それもある。しかし、日報の本質的な目的は別のところにあると私は考えている。
それは「要点整理」である。
1日の仕事を振り返り、何があったのかを整理する。どんな出来事があったのか。何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか。そこからどんな気づきを得たのか。明日以降、何を改善すべきか。
事実を振り返り、そこから自分なりの気づきや考えを言葉にする。日々の体験(単なる出来事)からどんな学びを吸収するのか? そのプロセスがあってはじめて思考力は鍛えられ、単なる「体験」を貴重な「経験」に変えられる。
「発散」と「収束」の往復運動
日報を書くという作業には、「発散」と「収束」という2つのプロセスが含まれている。
まず「発散」。今日1日、何があったかを思い出す。朝のミーティングで上司が言っていたこと。午前中に訪問した顧客の反応。午後に届いたクレームメール。夕方の電話で聞いた競合の動き。頭の中にある情報を、いったん全部出してみる。
次に「収束」。出した情報の中から、重要なものを選び取る。今日の出来事の中で、特に記録すべきことは何か。自分にとって学びになったことは何か。明日以降に生かすべきことは何か。情報を取捨選択し、整理する。
この「発散」と「収束」の往復運動が、思考力を鍛える。具体的な事実から抽象的な気づきを引き出し、その気づきを具体的な行動に落とし込む。これが「具体と抽象の往復運動」だ。
私が研修をすると、多くの受講者から「どのように具体と抽象トレーニングをしたらいいですか」と質問を受ける。
このように1日、1週間の単位で区切り、具体的なエピソードを振り返って抽象化する。概念化する。こんな「経験学習」を続けるだけで、意外とトレーニングになるのだ。
日報を書くという行為は、一見地味な作業に思えるだろう。しかし、この作業を毎日繰り返すことで、ビジネスパーソンの思考力は着実に鍛えられていく。
では、この作業をAIに任せると、何が起きるのか。
答えは明白だ。「発散」と「収束」のプロセスを、自分の頭で行わなくなる。
音声でべらべら話すだけなら、情報を出す作業は自分でやっている。しかし、その情報を整理し、要点を抽出し、構成を考える作業は、すべてAIがやってくれる。自分の頭は、ほとんど動いていない。
毎日この状態を続けるとどうなるか。「収束」の力、つまり情報を整理し、要点をまとめる力が、どんどん衰えていくのだ。
研修トレーナーが指摘した「考察がない」「自分なりの意見が書けない」という問題は、まさにこの「収束」の力が弱っていることの表れだったのだ。


















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