南海5000系「泉北の顔」はどれほど斬新だったのか 順次「南海カラー」に塗装変更でも残る"独自色"

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検車区光明池検車担当区長の吉野真典さんと技術主任の木村秀夫さんは、5000系の開発の背景について「第一種鉄道事業者になったときに設計もオリジナルでやろうという意気込みがあったようだ」と口を揃える。

吉野さんは「それまでなかったものをフルスペックで盛り込んでいて、『泉北の顔』『フラッグシップ』として21世紀をイメージする最新の車両を形にしたんやなと思います」と話す。

木村さんは「8両固定編成のため、ほかの編成との併結を考慮する必要がなく、完全に独自で新しい技術を導入することができたことが大きかった」とみている。

左から吉野真典さん、木村秀夫さん、厚母一也さん。大阪府都市開発時代からメンテナンスなどで5000系に携わってきた(記者撮影)

「デザイン重視」の外観

とくに外観は「デザイン重視」だったことがうかがえる。特徴的な先頭部の出っ張りについて吉野さんは「当時の資料を見ると『バンパー形状のものを設けデザイン的に考慮した』と書いてある」と明かす。木村さんも「3000系の(数枚の板を櫛状に重ねた)アンチクライマーをデザイン的に引き継いでいるのでは」と話す。

吉野さんと木村さんは91年に大阪府都市開発に入社した同期。直営化当時の「オープニングスタッフ」の役割を担ったという。5000系は泉北独自の車両だっただけにメンテナンス面でも試行錯誤があったようだ。

「最初の頃はトラブルが少なくても5年、10年経つといろんなことが起こってくる。一緒に経験を積んできた5000系もほぼ同期やなという感覚です」(吉野さん)。

【写真を見る】先頭部は非貫通でどこか愛嬌のある“出っ張り”などデザイン面でも「泉北の顔」を意識した「5000系」の外観をじっくりと観察してみる
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