国難級災害で"スマホ圏外"の怖さ。能登半島地震の教訓から我々はどう考え、備えるべきか
宮川さんが災害時の情報環境に感心を持ったきっかけは、1995年に起こった阪神・淡路大震災だった。
95年はくしくもWindows95が発売され、“インターネット元年“とも呼ばれた年でもある。震災直後、当時、大学院でデータベースについて研究をしていた宮川さんは、学部時代の恩師の声かけで、インターネットを使って災害支援に関する情報を共有するためのしくみづくりに関わった。その経験が今の活動につながっていく。
宮川さんが代表理事を務める一般社団法人情報支援レスキュー隊(以下、IT DART)は、2011年に起こった東日本大震災で情報支援に携わった組織や個人が集まって、15年に設立した団体だ。これまで熊本地震や西日本豪雨を始めとする災害現場で活動を続け、直近では能登半島地震で現地に入り、災害対応にあたった。
「IT DARTは、いち早く被災地に入って活動を始めた主に民間の団体――NPO、ボランティア団体、あるいは社会福祉協議会などのためにIT環境を整えるという活動を行っています。通信インフラを整えることで、情報マネジメントが効率的にできるようになり、それが被災した方たちへのよりよい支援につながると考えています」
能登半島地震直後の通信障害はどうだったか
先に首都直下地震では首都圏の基地局の約5割が停波するというデータを紹介したが、2024年1月1日に起きた能登半島地震ではどうだったのか。
総務省の「情報通信白書」などによると、発災時はインターネット接続や電話サービスなどを運営する通信ビルの停電や、地中を走る光ケーブルの土砂崩れなどによる断線などで通信障害が起こり、固定電話やインターネットが使えなくなった。
携帯電話についても基地局の倒壊による停波などの影響で、NTTドコモは最大で能登半島の70%、KDDI(au)は54%、SOFTBANKは45%のエリアで通信障害が生じた。
現地の通信状況について、宮川さんは「最初はほとんどつながらず、使えても電波が弱すぎてすぐ切れてしまう。携帯電話が使えない間は、どの団体も無線機などを使いながら活動していた」と振り返る。
IT DARTが石川県に入ったのは、1月7日。
金沢から能登には、のと里山海道か国道249号を使う必要がある。だが、山道が多く地震の揺れによる落石や斜面崩壊などのため、至るところで道路が寸断され、通行不能だった。
そこで、当初は金沢市の石川県庁に入り、先行して活動をしていたボランディア団体などに対し、IT機材の貸与や、DMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)といった支援を行うチームの活動状況の収集と共有、情報共有のためのシステムの検討といった後方支援を行った。


















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