わずか3年前のChatGPTもひどい状況だった。この話は、拙著『ChatGPT「超」勉強法』(プレジデント社、176ページ)に書いたのだが、繰り返せば次のとおりだ。
「円周率πが3.05より大きな数を証明せよ」という問題がある(これは、2003年の東京大学の入試で出題されたもの)。この問題をChatGPTに解かせたところ、その答えは次のようなものだった。
「円周率は3.14…であることがわかっています。したがって、円周率は3.05より大きいことが証明されました」
あきれて、開いた口がふさがらない。
純粋に論理学の問題として考えると、この答えが誤りだとはいえない。しかし、数学の問題の答えとして不適切であることは間違いない。そのような常識的判断が、当時のChatGPTにはできなかったのである。
AIが人間を超えたのはどの能力か
ところがいまでは、生成AIは共通テストが測定しようとしている「学力」において、人間を凌駕する段階に到達した。
ただし、ここで重要なのは「AIが人間の知能を全面的に超えた」ということではない。「大学入学共通テストが測っている能力の範囲内では勝負がついた」ということである。だから、必要とされるのは「知的作業における人間とAIの役割分担を見直すこと」だ。
今回の共通テストで測定されたのは、定型化された問いに対し、正解が一義的に定まる問題を、限られた時間内に正確に処理する能力である。具体的には、暗記力、既存の解法を適用する能力、計算や読解のスピードと正確性などだ。
これらは長年にわたって、「人間が知的作業を行うために不可欠な能力」であり、「努力と訓練によって人間が伸ばすことのできる能力」であると考えられてきた。学校教育や入学試験はこうした能力を体系的に鍛え、測定する制度として設計されてきたのである。


















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