織田信長や明治天皇も切り取ったという伝説の香木【蘭奢待】1000年の時を経て蘇った"驚きの香り"

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日本で香りの文化が始まったのは、飛鳥時代だと考えられています。『日本書紀』には、最も古い「香り」についての、こんな記述があるそうです。

"推古天皇3年(西暦595年)の夏、淡路島の海辺に、大きな沈水が流れ着きました。島の人々がそれを薪として燃やすと、遠くまで広がるほどの素晴らしい香りが広がったのです。人々は不思議に思い、それを朝廷に献上しました"

ここに出てくる「沈水(ちんすい)」とは、東南アジアのジンチョウゲ科の樹木からできる「沈香(じんこう)」という香木のこと。日本書紀のこのくだりは、香りが貴重で神聖なものとして認識され始めた最初のエピソードといわれています。

ちなみに、淡路島は現在でも日本最大のお香の産地として知られ、全国の線香の約70パーセントを生産しています。

この頃はちょうど、日本に仏教が伝来した時代でもあり、香りは宗教的な意味合いが強いものでした。

法要に欠かせないアイテムとして、また、病気や災いの元となる邪気を払ってくれる神聖なものとして、ときには権力の象徴として、香りは日本に深く根付いていきます。

現代の線香のように、仏を供養するために香を焚く「供香(くこう)」も、この時代から続く古い習慣の1つです。

「自己アピール」のアイテムとなった平安時代

平安時代になると、香りは貴族の文化として花開きます。様々な香木や香料を調合して、自分だけの香りを作る「薫物(たきもの)」が、貴族の女性の間で大流行。この辺りは、今の時代と通じるものがありますね。

当時の宮廷の女性たちは、人と会う際、顔や姿を表立って見せないことがマナーでした。そこで香りが、自己アピールのおしゃれとして絶好のアイテムとなったわけです。

粉末の香料を梅肉などで練り固めた「練り香」を使用し、着物や手紙に香りを移し染めることで、センスや季節感を表現して楽しんでいました。『枕草子』や『源氏物語』にも、香りにまつわる記述が多く残されています。

武士が台頭する鎌倉〜室町時代にかけては、禅宗が栄えた影響もあり、自己と向き合うための重要な道具として香りの価値が高まりました。

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