「中国こそ地球を管理する」父を粛清した毛沢東に心酔する習近平――"第2の文革"完遂を目指す恐るべき野望
私は陝西省北部で農村調査をしたことがあるが、中国でも極貧の地域である。地元の人びとは皆「劉志丹」という民謡を歌い、「毛沢東はこの地で反攻のきっかけを得たのに、『皇帝』の座に就いたら見向きもしない恩知らずだ」と証言していた。そのため、習近平を強力に支えたのだ。
文化大革命の終息後、習仲勲が名誉回復し、刑務所から出たとき、習近平も陝西省から戻り、親子ともども政界に復帰した。習仲勲は共産党の中でも開明的な人物だったので、「二度と文化大革命を起こしてはいけない」「文化大革命的な政治手法を取ってはいけない」と繰り返し言っていたのに、息子の習近平は今、文化大革命的な政治を進めようとしている。
やはり、毛が述べた「中国こそが地球を管理する」という考え方に共鳴し、革命の継続を決意しているのではないだろうか。
毛沢東によって父が長年の迫害を受けたにもかかわらず、その毛の政治路線を引き継ぐ習近平である。習近平にとって、習仲勲は生物学的父で、毛は精神上の父である。
生物学上の父を裏切り、思想上の父に帰依することで、文化大革命を中国に蘇らせたのである。そういう意味でも、文化大革命は終わったのではなく、現在も続いているということだけは知ってほしいと願う。
自由で平和だった中華民国
中国の政治はいつの時代も歴史を引き合いに出し、「文化大革命的」改竄と操作を加える。ただし例外は、非漢族の王朝である。
たとえば満洲人が率いた清朝はユニークで、文化大革命的な政治手法を必要としていない。というのも、賢帝として知られる康熙帝、乾隆帝は漢語、モンゴル語を使いこなし、漢人以上に漢籍に詳しく、漢文も見事だったので、漢人知識人も従わざるをえなかった。自ら古典、漢籍を自在に駆使して圧倒できたので、わざわざ歴史カードを持ち出すまでもなかったのだ。
そのためかどうか、清朝の後継国家である中華民国は短命だったが、自由で平和的だった。中央政府が独裁的にならず、法律を守り、言論の自由があって、暴力もあまり使われなかった。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら