ラフカディオ・ハーンが不思議でならなかった日本の欧米化。「ばけばけ」散髪よりもハードルが高かった武士の「脱刀」
黙殺できればよかったが、明治政府にとって何より恐ろしいのは、久光の意見に、明治政府に反発している不平士族たちが同調して、反対勢力が拡大することだった。そのため、右大臣の岩倉具視は、久光をいったんは要職につけて、政府側に取り込もうとしていたくらいである。
結局、久光は失脚し、明治8年に陸軍卿の山県有朋が、「廃刀建言書」を三条実美に提出。それは、陸軍と海軍、警察官以外の国民から強制的に刀を取り上げるというもので、その翌年の明治9年には「帯刀禁止令」が公布された。
「帯刀禁止令」を受けて、熊本市では170人の志士が決起。政府の欧化政策に反対して、熊本鎮台に攻め込んでいったが、明治政府軍に鎮圧されている。
「神風連の乱」と呼ばれるこの反乱に呼応して、福岡県では「秋月の乱」、山口県では「萩の乱」が起きるなど、不平士族たちの怒りは増すばかりだった。そして、明治10年、西郷隆盛による「西南戦争」へとつながっていく。
武士道の嗜みも見直す動きも
そんなふうに紆余曲折を経ながらも、着実に進められた脱刀だったが、ちょうどハーンが日本に来た明治23年頃には、武士道の嗜みを再評価する動きもあったようだ。セツは『思い出の記』でこう書いている。
「この時には色々と武士道の嗜みとも申すべき物が復興されまして、撃剣とか鎗とかの仕合だの、昔風の競馬だの行われまして、士族の老人などは昔を思い出すと云って、喜んでいました」
私たちは明治維新によって、大切なものを失ったのではないか――。一部でそんなムードが漂うなか、日本に来たハーン。日本文化の魅力を世界に発信するため、大いに筆を振るうことになった。
【参考文献】
刑部芳則著『洋服・散髪・脱刀 服制の明治維新』(講談社選書メチエ)
瀧井一博著『文明史のなかの明治憲法』 (講談社選書メチエ)
E・スティーヴンスン著(遠田勝訳)『評伝ラフカディオ・ハーン』(恒文社)
牧野陽子著『ラフカディオ・ハーン-異文化体験の果てに』(中公新書)
小泉節子著、小泉八雲記念館監修『思ひ出の記』(ハーベスト出版)
小泉凡著『セツと八雲』(朝日新書)
NHK出版編『ドラマ人物伝 小泉八雲とセツ:「怪談」が結んだ運命のふたり』(NHK出版)
工藤美代子著『小泉八雲 漂泊の作家ラフカディオ・ハーンの生涯』(毎日新聞出版)
櫻庭由紀子著『ラフカディオハーンが愛した妻 小泉セツの生涯』(内外出版社)
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