経済学は人間の行動を理解するための文法--『ひたすら読むエコノミクス』を書いた伊藤秀史氏(一橋大学大学院商学研究科教授)に聞く
文法という考え方をわかっていただくために、本文の記述は、1人の人間の意思決定から始まっている。経済学においては意思決定の際に合理的、合理性がキーワードとして出てくる。それが意味することをまず正確に伝えた。次に2人の意思決定があって、さらに3人、そしてたくさんの人へと拡張していく。これに関しては今は、ゲーム理論がわかりやすい。いろいろな人の影響を受けるし、いろいろな人に影響を与える。たくさんの人がかかわるとなれば、市場の概念が出てくる。市場での需要と供給の話になっていく。
──実験経済学のさわりも書かれています。
今、経済学では実験をかなり行う。経済というと、需要と供給で価格は決まると教えられるが、本当にそういう価格に向かうのかと疑っている人も多いだろう。実際に経済実験ではほぼ間違いなくその方向に行く。最初は参加者の試行錯誤が続くが、ルールを明確にした実験市場では、驚くべきことにしだいに均衡市場価格に落ち着いていくことが観察される。
──世の中は不確実性を抜きに考えられません。
自らの意思決定が必ずしも意図した結果につながらない。それは不確実性やリスクがあることも大きい。そこに注目しないのでは現実性が薄い。自分でこうしたいと言って、それで直ちに決まるという事例は多くない。運、不運にも左右される。自分にとって望ましい行動を追求することが、社会や他者にマイナスの効果をもたらすモラルハザードという現実もある。モラルハザードは金融で一般に知られるようになったが、いろいろなことに関係している概念なので、応用範囲はそれだけ広い。
──人は「情の論理」で動く一方、インセンティブに反応します。
インセンティブを考えて市場や組織を設計する必要があることにも、かなりのページを割いた。経済学の適用範囲の広い問題設定の一つに、「情報の非対称性の下で、適切な行動に導く最適なインセンティブを設計すること」がある。その際に、インセンティブとリスクはトレードオフの関係にあること、行動と成果が必ずしも1対1に対応せず、成果は行動の不完全な指標にすぎないことも経済学は教える。