肉親から「人間でないものを産んだ」とまで言われ…重い障がい負う2児の"父"となった元牧師が憂う、優生思想や核家族化に追い詰められる親子たち
一方で、日本には、障がいのある子どもや、少し“違う”子どもを「宝子(たからご)」「福子」と呼び、神さまの子、福の神として大切にした民俗伝承が各地にあったと言われる。大きな頭とちょんまげが特徴で、縁起がいいとされる福助人形も実は「水頭症」という病気だった人物がモデルだとされ、その延長線上で語られることがある。
これについてはさまざまな説があるが、民俗学者の折口信夫などは、障がいのある子を、「まれびと」信仰と絡めて説明している。「まれびと」とは、言葉の通りまれに訪れる人であり、あの世から来た存在、つまり、「神」に近い存在だと。また、障がいのある子を大家族で支えるという心根の良さで、家が繁盛したのが要因ではないかとする説もある。
「家族が目を開く」ことで支え合えるはず
この話題を向けたとき、松原さんは、こう言った。
「障がいではなくても、子どもに何かあった場合は、家族ってやっぱり変化していくものなんですよ。それに合わせて。不測の事態に対して力を合わせて対処するために、変わっていけるはずなんですね」
これは介護でも、病気でも同じだ。
「お母さんやお父さんが怪我したり、動けなくなったりっていう場合もありますよね。そういうときは子ども側が“支える側”に回ろうとしたりと、さまざまな事態に対応しながらバランスを取ろうとする。本来、家族というのはそういうことをし合える存在でありたいですよね」
福祉が見落としてきたのは、こうした「家族が目を開く」契機なのかもしれないと、松原さんは主張する。
「きっと、最初から最後まで順風満帆な家族はない。長い人生を共にするなかで問題が必ず起きますし、障がいじゃなくても子どもがグレたり、親が要介護になったり。そういった問題をなんとかしようと、家族は必要に応じて“目を開く”。みんなで何とかしようとする。それによって、家族自体が変わっていく。
実際うちも、やまとくんと恵満ちゃんが来てから、家内や子どもたちもだんだんと協力してくれるようになり、互いに理解し合い、助け合うようになりました」
『小さな命の帰る家』が受け止めているのは、赤ちゃんだけではない。親の葛藤、家族の亀裂、社会の価値観、そして支援が届かない構造そのものだ。
かつて「宝子」「福子」を迎え入れ、家や村が変化しながら生き延びてきた日本の共同体は、いま、どこへ行ったのか。核家族化と優生思想の中で「抱えきれない」と感じたとき、誰も孤立しない道を、社会は用意できているのか。この問いに向き合わないかぎり、「防げたはずの孤立」は、これからも静かに増え続けていく。
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