ラピダス"2.9兆円投資"は日本経済を救わない! 高市内閣の成長戦略が見落としている「致命的な欠陥」

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にもかかわらず、政府は24年度の制度改正で、訪問介護の基本報酬を2%以上引き下げた。大手事業所の利益率が高いことを根拠としたのだが、実際には赤字の事業者が4割近く存在しており、報酬引き下げは供給をさらに細らせる可能性が高い。

エッセンシャルワーカーの危機は、介護だけではない。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、全国の路線バス運転手の平均年齢は55歳。退職者が増える一方で若い担い手は確保できず、地方では路線廃止が相次ぐ。

電気設備の保守・点検分野では、総務省の調査で「必要な資格保有者の採用ができないため設備更新を延期」する事例が指摘されている。家庭ごみ収集や上下水道管理も担い手不足が顕著である。

これら職種はいずれもAIでは代替しにくい身体労働・現場労働であり、社会の根幹を支える。だが、低賃金と労働環境の厳しさ、そして社会的評価の低さから、若年層の応募は細り、高齢化が急速に進む。供給力の毀損は、国家の安全保障や地域社会の機能維持に直結する問題だ。

本当に必要なのは広範な人材育成と教育投資だ

高市内閣の成長戦略は、重点投資と減税で先端産業の成長を促すことに力点を置いている。しかし、日本経済の供給制約の核心は特定産業の設備投資不足ではない。教育投資の不足、労働市場の硬直性、低賃金構造、エッセンシャルワーカーの人材危機――。これらこそが、成長を阻む本質的要因だ。

先端産業への巨額補助金は、短期的には技術開発の刺激になるかもしれない。しかし、持続的な供給力強化には、高等教育への安定的な公的支出の増加、若年層の技能形成の強化、デジタル・介護・インフラ維持などの分野での賃金改善、労働移動を促す制度改革が不可欠だ。とりわけ人材育成には長い時間が必要であり、いま投資しなければ、10年後の供給力は確実に弱まる。

日本が本当の成長力を回復するために必要とされるのは、先端技術への重点投資よりも、むしろ社会全体の人材供給力を底上げする政策への転換だ。教育・人材育成・労働政策を国家戦略の中心に据えることこそが、持続的成長への道である。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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