漱石の名作は「胃弱」が生んだという大胆仮説。ジャムを丸ごと一瓶たいらげた男の、甘いものと怒りと名作の関係
糖質は一時的に脳のエネルギーを満たすが、急上昇した血糖はインスリンによって急降下し、低血糖を招く。そのたびに血糖値を上げるホルモンであるアドレナリンやノルアドレナリンが放出され、神経過敏になり、気分が乱れる。
『坊っちゃん』に出てくる血糖の乱れを思わせる反応
それゆえに漱石は私生活では気分の乱れに苦しむ場面も多かった。こうした“揺れやすさ”は、作品にも明確に痕跡を残している。
『坊っちゃん』では「腹が立った」「癇癪を起こす性分だ」といった表現が繰り返し登場する。門下生によれば、この直情的な性質は、若き日の漱石自身の気質と重なる部分があるという。
実際、『夏目漱石』(十川信介著 岩波新書)によれば、精神状態が悪化した際に、夜中に癇癪を起こし、枕やら何やら手当たり次第に投げたり、子どもが泣いたと言っては怒ったという記録がある。
一方で、体調が良いときの漱石は、穏やかで家族思いだった。弟子を泊め、困っている学生を支え、家庭でもよく笑ったと記録されている。本来の人柄は優しく温かく、穏やかな面が強かったことがうかがえる。
つまり、漱石の短気さや気分の波は、性格ではなく血糖の乱高下によって生じた生理的な感情反応だった可能性が高い。漱石の文学には、体調に揺さぶられた本人の感情が色濃く投影されていたと考えられる。



















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