《ミドルのための実践的戦略思考》野中郁次郎の『知識創造企業』で読み解く工作機械メーカーの中国駐在員・石川の悩み

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■ミドルリーダーにとっての意味合い

では、この理論のミドルマネジメントにとっての意味は何か。改めて考えてみましょう。

まず、重要なポイントの1つは、「現場主義と分析主義」「現場の体験と過去の経験」、そして「暗黙知と形式知」のバランスです。今回のケースで言えば、石川は分析的アプローチに偏り、結果的に現場主義を軽視することになってしまいました。「暗黙知」というのは、その名の通り目に見えないものであるために評価が難しいものです。そこを考えるよりは、形式知化されたデータをいかに分析するか、それを分かりやすく表現するか、ということの方が、説得力は増しますし、理屈が立ちやすいのは事実です。

しかし、暗黙知の力を侮ることはできません。例えば、日本企業に先んじてグローバル化に成功したサムスンの原動力の一つに、「地域専門家制度」(新興諸国を中心にミドルリーダーを派遣し、1年間当該国で自由に生活をし、その国の文化やライフスタイルを理解する、という仕組み)があるのは有名な話です。サムスンはこの制度を既に20年近く運用していますが、ややもすると1年間人材を遊ばせることになりかねないこの一見非合理的な施策がこれだけ継続しているのも、「経験を通じてでしか理解できない知識」(=暗黙知)が結果的に同社のグローバル市場において成功の一要素になっている、ということの証に他ならないでしょう。

つまり、ここで改めて強調したいことは、ミドルリーダーだからこそ、データや分析一辺倒に陥るべきではない、ということです。トヨタ自動車の渡辺捷昭社長(2008年当時)は、「暗黙知を成長させないと形式知も成長しない」と述べました(野中郁次郎氏『流れを経営する-持続的イノベーションの動態理論』より)。つまり、五感を伴う現場経験や、暗黙知を交換する議論の場があってこそ、データや二次情報(=形式知)が生きてくるのです。有名なホンダのワイガヤ*1の事例を持ち出すまでもなく、優良な企業は暗黙知を交換し、涵養するための「場」を設定しています。ミドルリーダーとしては、自分の組織レベルでもこういう議論の場を自ら意図的に設けることを考えるべきでしょう。

*1 プロジェクトチームのメンバーが日常業務や職場環境から離れ、三日三晩夜を徹して語り合い、徹底的にプロジェクトの本質目的について議論し、課題や矛盾、解決策を見出していく場。(「流れを経営する」より引用)

そして、2つ目に重要な点は、その暗黙知を獲得する過程のことになります。つまり、単に「経験する」「感じる」「議論する」ということではいけません。上述のとおり、真の「共同化」においては、「思い込みを排除する」ということが不可欠です。「共同化」ということは、そこにある現場を、あるがままに受け入れ、感じる。つまり、現実を直視する、ということです。

しかし、野中氏は、グロービスにて行ったセミナーにてこのように述べています。「日本で一番大きな問題は、現実を直視する能力の乏しさでではないかと私は思っています。絶えず過去の成功体験の枠組みを見てしまい、それが真理であると考えてしまう」と。

まさにこのマインドセットこそが、真の「共同化」を妨げているとも言えるでしょう。

確かに、今、日本企業が置かれているグローバル競争環境や状況を重ね合わせてみると、海外の競合に比して、海外市場との「共同化」が出来ていないことに気付きます。グローバル展開している企業の話を聞くと、日本、もしくは欧米等の先進諸国で通用したモデルを、それ以外の拠点に押しつけていこうとする姿勢が見え隠れするのです。

野中氏は、「知識とは自分の想いを実現していくプロセスであるととらえると、マーケットは知の宝庫と考えられるわけです」と述べていますが、まさにその宝庫を活用する、という意識が欠如していると言えるでしょう。そのような企業が、これからの大きく変わっていく市場に対して長期的な視点で勝つことは難しいと言わざるをえません。この「共同化」ということは、日本企業が、そしてミドルマネジャーがこれからのグローバル競争において直面するひとつの大きな課題といえるかもしれません。

そして、3点目として、「表出化」や「連結化」ということも大きなハードルがあります。特に「表出化」は口で言うほど簡単なことではありません。「共同化」で感じたことの中から本質的な重要なことは何か、ということを抜き取り、言葉や図で的確に表現していく、というのはかなり高度な知的作業を要求します。この書籍において、「表出化」において重要なツールとして「対話」や「比喩」「アナロジー」といったことが書かれていますが、私はそれとともに現場のミドルマネジャーにとって重要になるのは、「論理思考」だと考えています。つまり、暗黙知から出てきた抽象的なイメージや大きな言葉を具体化していく作業においては、「物事を適切な切り口で分解をし」、「とある尺度の下に重要なものに焦点を絞り込み」、「残った部分に対してより具体的に問いを深めていく」というまさに論理思考そのものが必要になってくるのです。

単に漫然と「対話」をしても「表出化」にはつながりません。現場で紡ぎだされる言葉や表現に対して、どう具体化していくのか、というところに対して、論理思考は極めて有効な武器になります。論理思考に対する瞬発力がないミドルマネジャーにとっては、「表出化」ということは極めて難しいステップであるということを認識すべきでしょう。

さて、今回は『知識創造企業』を中心にご紹介してきました。おそらく今までの書籍が分析的なアプローチであったのに対して、「対話の重要性」や「顧客と一体化する」など、ちょっと違った色合いの書籍であると感じた方も多いと思います。しかし、まさにそういったある種の「人間臭さ」を含む理論であるということが、既存の分析的・スタティックな経営理論との比較における本書の特色なのです。

また、前回のコラムにて紹介したVRIOというフレームワークを思い出していただけると気付く方もいると思うのですが、VRIOの最後のO(=Organization:組織に関する問い)という項目は、このSECIモデルと大きく関係するところだと思っています。つまり、「企業の優位性が、一過性に終わらずに組織の行動に根付いているか」、という問いを考えるということは、この「知識のスパイラルが組織としてしっかり回っているか」、ということを考えることに他なりません。つまり、この「スパイラルが高速回転することによって、継続的に新たな知識が生み出されている企業」というのは、競合にとって非常に模倣困難性が高く、競争優位性を有している、ということが言えるのです。

既にこの連載も6回になりますが、過去説明してきた概念は様々なところで連関しています。そうした相互の関係性を考えながら読み進めていくと、更に理解は深まっていくでしょう。

■参考文献:
『知識創造企業』
『流れを経営する-持続的イノベーション企業の動態理論』

《プロフィール》
荒木博行(あらき・ひろゆき)
慶応大学法学部卒業。スイスIMD BOTプログラム修了。住友商事(株)を経て、グロービスに入社。グロービスでは、企業向けのコンサルティング、及びマネジャーとして組織を統括する役目を担う。その後、グロービス経営研究所にて、講師のマネジメントや経営教育に関するコンテンツ作成を行う。現在は、グロービス経営大学院におけるカリキュラム全般の統括をするとともに、戦略ファカルティ・グループにおいて、経営戦略領域におけるリサーチやケース作成などを行う。講師としては、大学院や企業内研修において、経営戦略領域を中心に担当するとともに、クリティカル・ シンキング、ビジネス・ファシリテーションなどの思考系科目なども幅広く担当する。
Twitter:http://twitter.com/#!/hiroyuki_araki
Facebook:http://www.facebook.com/?ref=home#!/hiroyuki.araki

 

 

 

◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2012年2月28日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。

 

 

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