《ミドルのための実践的戦略思考》野中郁次郎の『知識創造企業』で読み解く工作機械メーカーの中国駐在員・石川の悩み

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
《ミドルのための実践的戦略思考》野中郁次郎の『知識創造企業』で読み解く工作機械メーカーの中国駐在員・石川の悩み

■ストーリー概要:

1年前、石川は工作機械メーカーであるプレシジョン・マシナリー(PM)社において、中国駐在を任命された。PM社は、そのセグメントでは国内トップ3に入る高性能工作機械メーカーであった。

しかしPM社には課題があった。国内では競争力を持つが、海外においてはグローバルに展開する欧米企業や、中国を中心とする新興国メーカーに押され、シェアが伸び悩んでいたのである。

PM社において、今後力を入れていくと定めた市場は中国であった。中国市場は規模、潜在的な成長力など、いずれをとっても魅力的な市場であることは間違いなかった。しかも、昨今の人件費の高騰により工場の自動化要求は大きくなっており、コンピュータ制御の高性能工作機械に対する需要は日増しに高まっていた。しかし一方では、引き続く円高の状況により、今までのように単に日本で作った機械を輸出するだけでは欧米大手企業にコスト競争力で負けてしまうのは明らかだった。また、現地の細かいニーズ対応や、綿密なアフターサポート体制も必要になる。そのために、PM社は、中国を戦略拠点と位置付け、今まで営業機能しか持たなかった中国に対して、開発から生産、アフターサポートまでの機能を持たせ、「現地発のイノベーション」を創出する拠点としてその機能を大幅に拡張したのであった。

石川は、その中国法人における商品企画担当として現地赴任することとなった。

石川は元々、日本市場においてPM社の商品企画担当をしていた。商品企画担当といっても、自分でゼロから商品を考えるのではなく、生産や開発サイドの意見を聞きつつ、営業側の意向も汲み取りながら、関係者が納得できる最大公約数の製品を作ることが仕事であった。そういった調整能力においては周囲が一目置く存在でもあった。

中国市場はまだ不明確なことが多い。本社側にもまだ疑心暗鬼な雰囲気が漂っている。そんな中での中国の辞令であったため、石川自身は、自身の配置は、足場が固まっていない中国市場において、多くの関係者を巻き込みながら前に進めていくという彼特有の調整能力の発揮を期待されてのことであったと理解していた。

赴任直後から、石川は現地での製品コンセプト作りに励むことになった。しかし、それはそんなに簡単なものではなかった。そもそも良いコンセプトを作ったところで、現場で作れなければ仕方がない。仮に作ることが出来たとしても、実際に売れるかどうかは分からない。初めからあまり理想を高く掲げて前に進めなくなることを石川は恐れた。

また、石川は出来る限り本社と密に連絡を取るようにしていたが、本社の商品開発部隊からは「グローバルレベルでいかに規模を効かせるかを考えろ」ということを何度も言われていた。つまり、本社とは全く関係ない現地固有の商品を作ってしまうと、規模の経済が効かなくなる、ということだ。これは過去に商品ラインナップを過度に広げた結果として、需要予測の難易度が上がり、在庫がだぶつき、多くの商品で採算割れをしたという苦い経験がベースにあった。したがって、商品企画においても、グローバルレベルでどれくらいニーズが見込めるのかを慎重に考えるべき、という雰囲気があった。本社で長らく仕事をしていた石川にも、そのことは潜在意識に刷り込まれており、「現地発のイノベーション」というメッセージも、一足飛びではなくいくつかのステップがあると考えていた。

最終的に、石川が商品企画の段階で一番頼りにしたのは、本社側の意見と、本社開発部隊にあるデータベースであった。そのデータベースには、過去の商品企画における地域ごとの販売実績が豊富に残っている。石川はデータ分析のツールを駆使しながら、ひとつの商品コンセプト案を定義した。それは、現地のケイパビリティでもおそらく製造可能であり、過去の中国販売実績から考えても少なからず需要の見込みがあり、かつ今までの日本の製品と比較して不要な機能は可能な限り削ぎ落としたシンプルなモデルであった。社内関係各所からの反応も上々であり、最初の落とし所としてはいいコンセプトがまとまったと考えていた。

来週は中国法人のトップにこのコンセプトをプレゼンテーションする最初の機会を控えていた。石川は社内のデータや関係各所からのヒヤリング結果を分かりやすくビジュアルにまとめたパワーポイント資料を、時間を忘れて作っていた。

 

関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事