《ミドルのための実践的戦略思考》野中郁次郎の『知識創造企業』で読み解く工作機械メーカーの中国駐在員・石川の悩み
■理論の概説:『知識創造企業』
『知識創造企業』は、1990年代に一橋大学の教授である野中郁次郎氏と同・竹内弘高氏によって書かれた経営書です。同書は最初にアメリカで出版され、すぐさま高い評価を得ることに成功しました(この書籍によってナレッジ・マネジメントの大家となった野中氏は、やがて2008年のウォール・ストリート・ジャーナル紙において、「世界で最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に唯一のアジア人として選ばれることにもなります)。
この書籍が高く評価された理由は「なぜ日本企業が成長しているのか?」という問いに対して明確な解を提示したことにあります。
ご承知の通り、1970年代以降、数多くの日本企業は、一躍、成長軌道に乗り、欧米企業を脅かす存在になっていくのですが、欧米企業にとって日本企業はとても謎に満ちた存在でした。戦略らしい戦略も見られない。傑出したリーダーシップを発揮している人物がいるわけでもない。しかし、イノベイティブな商品やサービスが次々に出てくる。果たして日本企業のどこに、その原動力があるのだろうか? 当時、欧米諸国では、その謎に挑戦した書籍が数多く出版され、販売数を稼ぎました。その中でも、今回紹介する『知識創造企業』は、日本企業における組織的な知識の生産力に着目し、「組織的知識創造の技能・技術こそが日本企業成功の最大要因なのだ」としたうえで、日本企業の優位性を非常に分かりやすいコンセプトにまとめたものとして高い評価を得たのです。
このコンセプトこそが、著名な「SECIモデル」というものになります。
詳説しましょう。知識には「暗黙知」と「形式知」の2つの次元が存在します。暗黙知とは、うまく言葉にはできない、もしくは存在すら認識されていない知識であり、形式知は言語や形に表現可能な知識と定義されます。
では、この2つの知識の次元は企業の経営にどう関係してくるのでしょうか。
企業の優位性は、一義的には目に見える商品やサービスによって決まります。つまり、良い商品やサービスという「形式知」を生み続けられる企業が強い、ということです。しかし、「形式知」というものは、組織が勝手に作ってくれるものではありません。組織の構成員個人が持つ暗黙知がその基盤にあるわけです。そして、その個人が持つ暗黙知を素早く、確実に形式知に変換し、またその過程で暗黙知を得て次の形式知を生み出せる、というスパイラル型のマネジメントが確立している企業こそ、優位性のある組織ではないか、ということです。
そして、このコンセプトを分かりやすく表現したものが前述の「SECIモデル」ということになります。なお、SECIは、4つの象限を成す「Socialization」−「Externalization」−「Combination」−「Internalization」それぞれの頭文字をとった造語です
1つずつ見ていきましょう。
(1)Socialization:共同化
共同化とは、組織構成員が日々の活動を通じて持っているなにがしかの暗黙知を、お互いに共通の時間を過ごしたり、空間をシェアすることによって、共有していくことを指します。典型的には、徒弟制度の下で親方のノウハウを弟子が体得するプロセスや、企業におけるOJT等が挙げられます。
ここで重要なことは、「五感を働かせて体得する」ということです。思い込みを持って現場を見るだけでは「共同化」にはなり得ません。その現場と一体化し、変に総括しようとせず、共感が持てるまで没入する、ということが重要になってきます。
(2)Externalization:表出化
表出化とは、共同化によって蓄えられた暗黙知を言葉や図、プロトタイプなどを活用して、具体的な形に変えていくことです。例えば、現場体験を通じて、その手順をマニュアル化していくことや、顧客からの声をもとに新たなサービスコンセプトをパワーポイントで作成する、といったことが該当します。
ここで大事なことは、「対話」です。個人の暗黙知は、なかなか個人の力で表出化していくことは難しいです。なぜならば、暗黙知というのは、そもそも自分自身がその存在に気付いていないことも含まれているからです。したがって、他人と対話を重ねることにより、その本質が言語化され、磨かれていくのです。
(3)Combination:連結化
連結化とは、表出化された形式知をさらに結びつけて具体化し、最終的な形に「落とし込む」ということになります。例えば、表出化のフェーズで形にしたコンセプトやイメージを、保有する顧客データからより事業イメージを具体化したり、既に定義されているオペレーションサイクルに適用できるように仕組みを定義する、といったことが該当します。
ここで大事なことは左脳を活用した論理的な分析です。存在するデータを駆使することによって、イメージやコンセプトレベルのものを、より「現実的」「実践的」なものにしていくことが求められます。
(4)Internalization:内面化
内面化とは、連結化によって完全に組織としての形式知にされたものを、再度個人の暗黙知として取りこんで行くフェーズになります。例えば、新しく作ったビジネスを運用していくことによって生じる顧客からのフィードバック(顧客の表情、実際の生声等)は、個人の経験値として深く内面に刻み込まれることになります。
ここで大事なのは、「内省と実践の反復」ということです。内面化は単に実践するだけでは成功しません。自覚的に、意識的に内省をして、体の中に取り込んでいくことが重要になります。