「楽で、かつ高収入な仕事に就きたい」「働くことは罰ゲーム」 若者たちがそう思ってしまう"根本原因"
各チームが独自に質問項目の設計からデータ収集、分析まで行っており、毎年全体で500~1000人程度のデータが集まる。これら調査結果を見てみると、総じて今の大学1・2年生は“働くこと”に対して、予想していた以上にネガティブな印象を抱いていることが明らかになった。
例えば、2025年の調査では「あなたは将来働くことに対して、不安と希望のどちらを強く感じますか?」という質問に対しては166名が回答し、64.5%が「不安」と答えている。これはあくまで一例だが、どの調査を見ても、総じてネガティブな意見が多い。
実際に若者と話してみても、「働くこと=つらいこと」と認識を持っている人は少なくない。彼らにとって“働くこと”は、生活のために時間や精神を切り売りする行為であり、我慢や犠牲を前提とした活動である。
通勤電車で疲れ果てている大人たち
若者が「働く大人」のイメージとして挙げるのは、通勤電車で疲れ果てた大人だ。イキイキと楽しそうに働く大人は、フィクションの中にしか存在しない──そう感じている学生も少なくない。
少し前に「管理職の罰ゲーム化」が話題になったが、今や“働くこと”そのものが罰ゲームのように見えているのが実情だ。それが、「どうせ苦しい思いをするのだから、なるべく楽で、かつ高収入な仕事に就きたい」という発想にもつながっている。
このような就労観のもとでは、“苦役”である仕事のストレスを、趣味などの消費活動によって発散するというサイクルが形成される。いわば「労働による消耗」と「消費による回復」の反復である。
もちろん、仕事には厳しさや困難が伴うのも事実であり、それを否定するつもりはない。しかし、それは働くことの一側面でしかない。筆者自身、産学官連携で若者育成を進める中で、やりがいを持って前向きに働く大人たちに数多く出会ってきた。にもかかわらず、そのような姿が若者に伝わっていない現実がある。
では、なぜこれほどまでに“働くこと”に対してネガティブな就労観が広がっているのか。
背景には、若者が日常的に接する大人が極めて限られているという構造がある。リアルな働く大人の姿に触れる機会が乏しい中、ニュースやSNSで目にするのは、退職代行サービスの利用増加、管理職の「罰ゲーム化」、職場でのハラスメントなど、ネガティブな情報ばかりだ。
一方で、「前向きに働く大人」の情報はニュースバリューが低いため、社会にはほとんど流通していない。その結果、若者が“働くことの楽しさ”や“やりがい”といった前向きな視点に触れる機会が少ないのは当然とも言える。
つまり、「仕事を楽しむ」「仕事にやりがいを持つ」という発想自体が、そもそも若者にとって“未知のもの”になってしまっているのだ。


















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