《ミドルのための実践的戦略思考》大前研一の『企業参謀-戦略的思考とはなにか』で読み解く家庭教師派遣会社の営業リーダー・細井の悩み

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■KSFの抽出

しかし、おそらく読者の中には「それぞれの分析がどのようにKSFにつながるのか?」という疑問を持つ方もいると思います。

残念ながら、本書の中にKSFの導き方は直接書かれてはいないのですが、この書籍にちりばめられている要素を拾いながら、KSFを抽出するポイントを深めていきましょう。

本書から伺えることは以下3点となります。
1)市場・業界を出来るだけ具体的に定義すること
2)マクロとミクロの双方の視点を押さえること
3)「本質を理解するために問いかけを繰り返すこと
 それぞれ詳しく見ていきましょう。

1)市場・業界を出来るだけ具体的に定義すること
 自分がいる市場を広くとらえすぎると、それだけKSFが広くなり、抽象度が高くなることにつながります。戦う“土俵”が何なのかをまずは明確にすることがKSFの抽出につながります。

たとえば、本書では、一つの事例としてタービン事業を紹介しています。ひと括りにタービン事業と言っても、タービンの種類によってKSFは異なります。たとえば発電用タービンであれば、停電という事態は絶対に起こしてはいけないので、どれだけコストをかけてもそのための「信頼性」が重視されます。また、ランニングコストが損益に敏感に響くので、発電効率のわずかな差異なども重要なファクターとなるでしょう。つまり初期コストはどうでもよく、信頼性やその後のランニングコストの低さがKSFとなるのです。一方で工業用タービンなどは、信頼性などよりも購買者側がいくらの予算が必要になるのか、ということに関心が向き、「初期コスト」が重視されることになります。したがい、機能や品質は最低限の安定感を持ちつつも、安く売るためのコスト構造を作ることが重要になってきます。つまり、同じタービンでも全く違う性質を持った市場なのです。しかし、これをひと括りに「タービン事業」とした瞬間、KSFは最大公約数的に、「信頼性・コスト」のような抽象度の高い結論になってしまい、ほとんど分析の意味がなくなってしまいます。そのためにも、分析に先立ち、まずはどの市場なのか、ということを具体化することを意識すべきでしょう。

2)マクロとミクロの双方の視点を押さえること
 これは、分析のステップをよく見ると理解できると思います。たとえばステップ1~3は、マクロの視点、つまり全体的な視点から市場や業界構造を見ています。そしてステップ4は、ミクロの視点、つまりたとえば個々の顧客に焦点を当てて、彼ら、彼女らが具体的にどのような行動によって購買に至るのか、ということを考えています。つまり、KSFを考えるためには、このマクロとミクロそれぞれの視点が重要になるということです。
 一般的には、マクロとミクロの視点は、どういう業界にいるかによって偏りが出てきます。たとえば法人顧客を相手にしたビジネスの場合、主な顧客は数えられる程度、という場合があります。そういう場合は、視点としてミクロ、すなわち個別具体的な企業の分析が中心になるでしょう。逆にマスを相手にした個人顧客ビジネスの場合は、マクロで顧客全般のトレンドをつかむような分析が主になります。ここで大事なのは、その偏った分析のまま終わるのではなく、その逆もちゃんと分析すべし、ということです。たとえば法人ビジネスであっても、マーケット全体を俯瞰したマクロの分析でトレンドを把握してみる。個人のマス相手のビジネスの場合は、逆に特定の顧客をイメージしてプロファイルをしながら実際に顧客になったつもりで購買行動をトレースしてみる。そういった「今まで日常的に考えていなかった視点」の分析をすることによってKSFに対する新たな気付きを得られる場合が多いのです。

3)本質を理解するために問いかけを繰り返すこと
 簡単にいえば、本質を見極めるまでは物事を簡単に看過せず、「なぜなのか?」と問いかける姿勢を忘れない、ということです。そのためのツールとして、本書では「イシュー・ツリー」などの考える道具が紹介されていますが、その本質は「物事の本質をつきとめるまで、問いかけるのをやめるな」ということです。たとえば、「魅力的な市場であるにもかかわらず競合が入っていない」という事実があったときに、「じゃあ、いち早く入ろう!」と勇ましく考える前に、まず一旦は自分の頭の中で「なぜ競合は入らなかったのだろうか?入りたくなかったのか、入れなかったのか」という程度に問いを分解した上で思考を巡らしてみることは重要なことです。そのような問いかけを繰り返すことで、KSFが見えてくるものです。

そして、その問いかけの際にもう一つ意識したいのが、過度に抽象的な言葉(=Big Word)には注意するということです。たとえばよく「あなたの業界でのKSFは何か?」という問いかけの際に出てくる答えに、「品質」という言葉があります。品質が重要なのはその通りなのですが、ここで思考を止めてしまうと、大抵の場合は何も見えなくなります。ここで重要な問いかけは、「品質というのは何の品質なのか?」「高品質の定義は何か?それは誰がどうやって判断するのか?」「品質さえ良ければ、何でも認められるのか?」「品質を実現するために必要な資産は何か?」といったことです。このように品質というBig Wordが出たときに、すかさず自分自身に問いかけを重ねていくことで物事の本質が見えてきます。この「問いかけ」がKSFを解きほぐすための大きな武器となります。

そして、このアプローチを通じて本書が重ねて述べていることは、KSFを考えるためにとにかくしつこく、徹底的に分析するということです。

著者は本書で具体的にこのように語っています。
「低位に残された企業がうまくいかなかった理由は、肝心なKSFにあたるステップを通り一遍に見過ごしてしまい、徹底さとしつこさを欠いていた場合がほとんどである」。

3C分析、およびKSFの抽出に王道というのはありません。まずは徹底的に汗をかいて分析をしてみること。それにつきます。本書でKSFの抽出方法という重要なポイントがメカニズム化されて提示されていないのも、分析しては問い返して深めていく、ということの重要性を筆者が伝えたかったという背景があるのかも知れません。

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