10円駄菓子《ヤッターめん》「取引先夜逃げで未払い1500万」「粗利数円」でも倒産せずに借金ゼロを貫く大阪町工場の "逆説の経営哲学"

成長後は関西大学に入学し、マスコミュニケーションと心理学を学ぶ。広告研究会にも入部。マスコミの仕事に憧れ、就職活動では広告代理店、印刷会社、新聞社などを受け、4社から内定を獲得する。けれど、それはあくまで「自分の気持ちを納得させるため」だった。
「両親は大学卒業まで一言も『継いでくれ』と言わなかったけどね、生まれ育った工場で、赤ん坊のときから遊んでくれた従業員が働く場所を知らん顔できへん。長男やからね。半分継ぐ気でいましたわ」
1975年、内定をすべて断って、「ジャックに入れてくれ」と父に頭を下げた。入社した当時の社員は約20人で、若い従業員は自分だけ。当然一番下っ端で、営業も製造も雑用も、全部回ってきた。
そこから、見様見真似でしゃかりきに働いて11年、1986年のある日、「ぼちぼち社長したら」という父の一言で社長になった。

1500万円損失でも倒産しなかった「申し送り」
社長就任3年後、ジャックに最大の危機が訪れる。1989年、消費税が導入されたのだ。「3%の消費税を払うと儲からない」とネガティブな噂が広まり、駄菓子屋が次々に廃業した。
それだけにとどまらず、消費税が5%、8%、10%と上がるたびに駄菓子屋は減少。経済産業省が2016年に行った調査(下記の表参照)によると、1991年と、消費税が8%に上がった2014年の「菓子小売業(製造販売でないもの)」事業所数を比べると、約80%が減少している。

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