一方、ノスタルジアは20世紀に入ると病ではなく感情へと変質していった。
1964年版『コンサイス・オックスフォード現代英語辞典』で初めて「過去のある時期に対する感傷的な憧れ」と定義され、1970年代にノスタルジアは一種の流行になりテレビコマーシャルに出現し始めた。今よりも素朴だった時代を思い出させ、急速に姿を消していく世界を再現するキャンペーンに利用されたのだ。
こうして大半の心理学者がノスタルジアは時代や場所に関係なくほぼ万人が感じるものであり、きわめてポジティブな経験や感情であると認識していった。
しかし政治や社会に及ぼす影響としての評価は芳しくない。一部の左派の評論家は近年のポピュリスト運動を、神話化された過去の時代をノスタルジックにアピールしているとして批判してきた。
例えばブレグジットからドナルド・トランプの「MAGA」まで、ノスタルジアは人びとを説き伏せ、惑わし、魅了して、投票の意思決定をさせるものであり、ノスタルジアは「人民の最も新しいアヘン」だといった研究者もいた。
とはいえノスタルジアは右派特有のものではなく、左派もパリ・コミューンやソヴィエト連邦、イギリスの国民保健サービスのようなものに感情的な思い入れを持っているとも非難されている。
ポジティブな感情が持つ光と影
このように歴史的変遷を経てきたノスタルジアは現代ではすっかり市民権を得た感情であり、この感情自体はむしろポジティブなのだが、政治や社会的に利用されてしまう危険性もあることがわかった。多くの人を動かす動力源となりうるために、人びとが見たいものを過去に付託してノスタルジーという糖衣がけした上で提供されている可能性が大いにあるのだ。
つまり多くの人がこの感情を有し、求めているからこそ、この感情を通じてその時代や社会に生きる人びとが何を感じ、求めているのかが映し出されるともいえる。
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