このように私は目の前の現象を考える際、まずは過去を参照してしまう。
だから本書が刊行されると聞いた時、「ノスタルジーのことを悪く言わないでくれ!」と心から願いつつ、ページをめくったのであった。
しかしどうやら歴史学者である本書の著者も「つい過去を参照してしまう」人間だったようで、そのような心配は杞憂であった。
「懐かしさ」が美徳になった時代
本書においてノスタルジーはノスタルジアと表記されるが、同じ意味である。
まずは本書に基づいてノスタルジアの歴史を整理してみたい。
もともとノスタルジアは病気であった。17世紀のスイス人医師がこの言葉を考案し、ギリシャ語で帰郷を意味する「nostos」と心の痛みを意味する「algos」を合わせた造語をつくった。故郷から遠い戦地で戦うヨーロッパ人傭兵を苦しめる疾患であるとしたのだ。
また19世紀のヨーロッパではノスタルジアは最も研究された疾患であり、無気力、うつ、睡眠障害を引き起こし、動悸や挫傷や認知症といった身体的症状もあり、死に至る場合もあった。患者が食べることを拒絶し、緩慢な餓死を遂げたからだった。
この頃までノスタルジアとホームシックはほぼ同じ意味であった。
19世紀末になると2つとも医学との関連づけから脱し、深刻に受け取られなくなっていく。その背景には資本主義、植民地主義、国際戦争があった。
特に1900年前後の数十年間は人が大量に移動した時期であり、ホームシックは家族や自分の深い感情的なルーツとの関わりを示すものであり、むしろ美徳であり感受性のしるしでもある「気高い病気」だった。
しかし20世紀になり世界がグローバル化していくにつれて、ホームシックは軽く扱われるようになっていった。
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